Unknown Sick-7
とても静かだ。いつもの迷惑な騒音一つすらない。携帯電話を取り出し、ディスプレイに表示される時計を見た。九時二十四分。この時間はこんなにも静かなものなのか。
「静かだな」
雅也は静かに言う。「そうだな」とこちらも静かに言った。
エレベーターを待っていると、雅也は「で、どうなのよ」と脈絡のない質問をした。その意図を理解できずに「なにがだよ」と言うと、雅也は大きくため息をつく。
その質問の内容は、どうやら俺が考えているより長かったようだ。
「あのな、藤堂は大学生だ。恋愛について語れるような歳だし、見た目が良いから、あいつは色々と経験しているだろうさ。そんな女がなんの下心もなしに、わざわざ夕食を食べに来ると思っているのか。そもそもだ、お前は恋愛ということを嫌いすぎている。高校の頃からそうだから、やることやった後に泣かれるんだよ」
エレベーターが降りてきた。ゆっくりと扉は開く。そこから現れたのは、藤堂だ。話すという行為に夢中になっている雅也は気づかずに話(独り言)を続ける。
「お前はもっと他人を寛容に受け入れるべきで、興味も持つべきだ」
藤堂は片手にゴミ袋を持っている。ゴミを捨ててくるから待ってて、と下手なジェスチャーで伝える。仕方ないからエレベーターの前で立ち尽くす。
「俺よりもモテるのは確かなんだから、あとは性格だよ。なんていうかさ、作り物でもいいから笑ってやるとか、ありがとうって、思ってもいないけど言ってみるとか。エレベーター乗らないのか」
時々思うが、何故彼は話し始めると周りが見えなくなるのだろうか。普段はしっかりと周りを見ているし、ここまで白熱することもないだろう。むしろ、こう言った話は大抵酒が入らないとしないはずなのだが。しかし、今日はひどい。藤堂が見えないくらいに夢中になって話している。仕事で嫌なことでもあったのかもしれない。
「まったく。まー姉も心配するだろうよ。愚弟は子孫を残そうとするわけでもなく自由奔放に生きているんだから」
藤堂が戻ってくる。待たせるな、それとゴミは朝に出せ、と非難の目を向け、俺はエレベーターに乗り込む。それに続くように、雅也と藤堂も乗った。
「久しぶり、藤堂。正和だけじゃなく、俺にもちゃんと挨拶しろよ」
これは驚きだ。どうやら雅也は藤堂に気付いていたようだ。しかし、そっちから挨拶しないで、してくれとはな。まったくもって雅也らしい。
「こんばんは、雅也さん」
「おう。ちゃんと学校行ってるか」
「はい、もちろんです」
二人は楽しそうに会話を重ねる。
やがて八階に着くと、俺は大きくため息をつきながら八〇三号室の前に立つ。
「雅也はわかるが、藤堂も来るのか」
「うん。私、明日はお昼からなの」
またため息をついて、鍵を開ける。やれやれ、今日は大変だろうな。