Unknown Sick-69
両親が他界してからというもの、姉はいつも俺のことを気にかけてくれた。俺が欲しいと思うものは何でも買ってくれた。会社の経営もある程度軌道に乗っていたため、金にかんしては苦労しなかった。
姉の気持ちはとてもありがたかったが、あの頃の俺にとっては、意味がなかった。何かをいつも渇望していた。意味もなくバイクを走らせたこともあった。意味もなく他人を傷つけたこともあった。だが何も俺を満足させなかった。
やがて高校では進路を決めなくてはいけない時期になり、姉に相談したことがあった。本州の大学を受けることは決めていたし、一応理系に身を置いているので、学んでいることが役に立つ道が良かった。
すると、姉は真剣な顔つきで「医者になれ」と言った。
どうして医者なのか俺にはさっぱりわからず、姉にすぐに聞き返した。すると姉はすぐに答えてくれた。
「私たちは失う悲しみを知っている。だが、この悲しみはできるだけ味あわないほうがいい。だから、お前は医者になって他の人を助けろ」
その言葉だけで、俺は医者になることを決意した。楽な道ではない。わかっているさ。でも……失う悲しみは誰も味わない方がいいに決まっているから。だから俺は医者になる。そう決めた。
「まーちゃんなら有名なお医者さんになれただろうね」
「知るかよ。俺は……」
命を救いたかっただけだ。偽善とか、自己満足なんかじゃない。ただ、それだけを思った。それは儚い夢だった。
「何考えてるの?」
「なんでもない」
いけないな……もうこいつの前では弱音は吐きたくない。こいつといるときは……いるときだけは後ろ向きになっちゃいけない。
「まーちゃん……辛かったら何か話して」
「いいんだ。ちょっと昔のことを思い出していただけだ」
そう、昔のことだ。今は何も関係ない。儚い夢だったけど、今は幸せなんだ。藤堂が、姉さんが、雅也が、みんなが側にいてくれて……。
「人はね、辛いことは吐き出したほうが楽になれるんだよ」
「オレは……辛いことなんてない。お前と一緒にいれるんだから」
「またそうやって誤魔化して。まーちゃんの悪い癖だよ。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、弱音も吐いて」
そんなこと言わないでくれ。俺はお前を悲しませる気なんてないんだ。これ以上俺のことを話して、お前が悲しむのを見たくないんだ。
「私なら大丈夫だから」
ありがとう。でも……やっぱり駄目だ。
「もうこの話は終わりだ」
「……わかった。じゃあまーちゃんの昔話を聞かせて」
「……面倒くさい奴だな。次はお前から話せ」
「わかった……」
あまり表情は浮かない。そういえば、高校時代まで、あまり笑ったことがないと言っていた。