Unknown Sick-64
「肉は……」
「まずは野菜だ、正和」
「どっちでも変わらないだろう」
「私は野菜が食べたいんだ」
姉に指示されたとおりに、野菜を中央に置き、肉を隅に少しだけ置く。ついでに煙草に火を点けて、焼きあがるまでしばし待つ。
各々が好きなことをしている。雅也は携帯電話をいじり、藤堂は姉に飲み物を注いでいる。そして、姉は藤堂に飲み物を注がせながら、携帯電話で仕事の話をしていた。
「ふふ……」
何故か笑みがこぼれた。お互い会話を挟まずに、皆が好き勝手なことをしている。普段ならなんとも思わないようなことで、笑ってしまうとは思わなかった。
「なんだよ、正和。俺らは何も面白いことをしてないぞ」
「いや、なんでもないんだ」
「意味もなく笑う人間じゃないだろ、お前」
「はは、そうだな。その通りだ。すまない」
じゅっ、と短い音がする。
「そろそろいい頃だ」
「ふぅ、野菜はどうだ」電話が終わった姉が、やれやれとでも言いたげな表情で言う。
「そんなに野菜が好きなのかい、姉さん」
「いいや、そうでもない」
「そうかい」
食のことになると、今までばらばらだったみんなが、一斉に金網を囲う。また面白くて笑いそうだ。
「あぁ、そうだ。俺は藤堂と付き合うことにした」
ピーマンを一つ食べる。
「……なんだ、脅迫でもされたのか?」雅也が茶化すように言う。
「そんなところだ」俺も茶化すように返す。
「そんなことない!」藤堂が強く否定した。
短い会話をはさみつつ、俺たち三人(姉は何も話さずに既に食べていた)は焼けた野菜を我先にと自分の皿へと運ぶ。
食欲が人間の三大欲求の一つとは言っても、いくらなんでもこれはないだろう。数分で野菜がなくなった。野菜だけしか焼いていないとはいえ、随分速い。
「みんな早いな」
俺はせっせと新しい野菜と、ようやっと肉を網の上に置く。
「正和」姉が網を見ながら言う。
「何さ、姉さん」
「ちょっと、来い」
「俺も行きます」雅也が俺をちらと見て言う。