Unknown Sick-45
「案外、あっさりと答えは出るものだな」
生と死に境界なんてない。二つとも同じなんだ。
「こんな汚い世界とも、もうお別れだ」
そう呟いて、バルコニーの塀を乗り越えようとしたときだった。
「死ぬには早すぎるだろう、正和」
姉の冷たい声がした。
振り向くと、帰ってきたときと変わらない姿の姉がいた。
「まだ生きていける。諦めるには早すぎないか?」
「もう死ぬべきだ。諦めるにはちょうどいいよ」
姉は首を振り、ゆっくりとした歩調でこちらに近づいてくる。
「いつもいつも、手のかかる弟だった。母や父にも笑顔を向けることは少なかったし、私が話しかけても「別に」や「問題ない」、ばっかりだ」
穏やかな笑顔。
「それなのに、いざ突き放すと寂しそうにする。お前は猫のようだったよ」
懐かしみながら、俺の前に立つ。
「それは今も変わらないな」
「あなたは変わったよ」
俺を狂わせるほどに、変わってしまった。
◆
それは、両親が揃って他界した日だった。
正和と美鈴は自宅で既に休んでいるときに、その事を聞いた。
二人は急いで身支度し、タクシーを呼んだ。病院に着くまで、美鈴は落ち着かず、左手の親指の爪をしきりに噛み、時計を何度も見ていた。それに対し正和は冷静で、タクシーの中で瞼を閉じていた。
「もっと速く走れませんか?」
美鈴が運転手に言う。「これ以上は出せませんよ」と運転手はあっさりと答えた。
「落ち着きなよ」
瞼を閉じていた正和が、美鈴の目を見ずに言った。
「落ち着いていられるわけ無いでしょう!」
美鈴はつい大声で返してしまった。その態度に正和は小さくため息をついて、肩をすくめた。