Unknown Sick-34
「まーちゃん」
言葉を失う。
夕陽を背にした藤堂はこの上なく美しかった。長い黒髪と長いスカートが風と共に踊り、絵になっている。黄昏に酔う、とはこのことかもしれない。
「どうしたの?」
小首を傾げる藤堂。その様も、美しかった。ただ見ていたいと、心の底から思う。
「ねぇ」
心臓が強く鳴る。そのリズムを維持しつつ、心臓は鳴り続ける。
「は……はっ……」
嘘だろう。こんな所で、こんな時に。
胸を押さえながらしゃがみこんだ。
「はっ……は、は……」
喉が焼けるように熱い。なんだよ、何なんだよ。
「は、ぐ……はっ」
右手で口元を押さえつけたが、無意味だった。それよりも早く、俺の口からは赤い血が吐き出されていた。
「しっかりして!」
藤堂が駆け寄ってくる。呼吸は荒いまま、血は口から流れ続ける。
どうして、こんなときに。どうして、よりにもよってこいつの前で……。
「すみません、今すぐ来てください!」
携帯電話を片手に藤堂は喋っていた。救急車を呼んでいるのだろう。そりゃあそうだ、人間が急に血を吐くなんてことありえない。
藤堂は俺の背中をさする。
「大丈夫?」
「……不甲斐ないな」
そう言って藤堂の携帯電話を奪う。そしてすぐに電話を切った。
「何して……」
「問題、ない」
視界はもう狭い。意識を失う前兆だろう。これでいいんだ。もし、このまま病院に運ばれでもしたら、俺は入院することになるに違いない。そんなもの、俺の望むものではない。
意識を失う、と思った瞬間に、更に呼吸が荒れる。
「は、は、が、う……」
次に何度も咳が出る。肺に入っている空気を全て吐き出すかのようにその咳は繰り返され、肺の中は空っぽになった。なんとか呼吸をしようとしても、すぐに咳が出て無意味になる。まるで、身体が拒絶するかのように。
「まーちゃん、やっぱり救急車を……」
「やめて、くれ」
藤堂の顔を横目で見てみると、今にも泣き出しそうだった。咳はまだ止まらない。挙句には、血が気管に入り、余計苦しくなる。
視線を橙色に染まった太陽に移す。ゆらゆらと蠢きながら、高層ビル群に沈んでいく。
俺はその光景を見た後、気を失った。