Unknown Sick-25
寝室に向かう途中、吐き気に襲われた。ただの疲れだと思い、堪えながらベッドに倒れ込む。暗い寝室の天井はぐるぐると回っていた。それは以前に一度だけ見た、配色の具合で静止画がまるで回転しているように見える、トリックアートの『蛇の回転』に似ていた。
脳が何かを警告している。おかしくなりそうだ。このまま、狂ってしまいそうだ。吐き気はまだ消えない。それなのに、こんなものまで見せられたら、戻さずにはいられない。
「は……ぐ……」
気持ちが悪すぎる。瞼を閉じたいのに、何故か閉じることができない。吐かないように必死に耐えてはいるものの、もう限界だ。
「う……」
トイレへと走る。すでに少し漏れているが、今はそんなこと気にはならなかった。
トイレの蓋を開け、途端に吐き出す。ほとんど何も食べてないのに盛大に出ている。惨状を見ないように、先程まで閉じることのできなかった瞼を思いっきり閉じる。少しだけ涙も流れている。
嗚咽と言っても過言ではない声が漏れる。
ようやく吐き切って、瞼をゆっくりと開けた。そこには想像していたものより、はるかに酷い状況だった。
「嘘……だろ?」
目の前に広がるのは、紅い惨状。呼吸が荒くなる。動悸が激しくなる。また吐き気が出てくる。
「が……」
今度はまともな吐瀉物だった。だが、血の上からこれが重なると、もう、本当に、どうしようもなく不快だ。
トイレには吐瀉物特有の気持ち悪い臭いが充満する。この臭いを嗅がないために、鼻から呼吸しないよう努める。だが、嫌でもその臭いは俺に纏わり付く。
トイレの壁に寄りかかる。
「は、はは」
自分でも意味がわからない。
「はは、くく、く、あははははっははは」
自分でも何で笑うのかわからない。
「あははははっははははっははは、はっははははっはははは!」
自分でも自分がわからない。
意味不明の笑いが収まったとき、俺の頭の中は空っぽだった。何も考えようともしない。何も理解しようともしない。ただ、そこに存在する。そして、そんな頭の中で唯一浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「俺は、死ぬのか」
これが『死』。前にすると、狂っていくのが、『死』。
「はは、あははっはははははっははははははははははっははは!」
再び込み上げてきた笑い。口の端からは、涎のようなものが流れる。瞳からは、涙が流れる。 その様は、きっと、とても無様。
「死にたく……ない」
そうだ、俺は。
「死にたくない」
生きていたい。こんなくだらない死に方したくない。こんな死に方、俺の望むものじゃない。俺は、俺のやり方で生きてみせる。