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《The pretty devil》
【少年/少女 恋愛小説】

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《The pretty devil》-6

下で扉の開く音がする。やっとおでましか。
「来たみたいね」
「…だな」
俺は煙草を揉み消し、給水塔の上から一気に降り立つ。
足裏の痛みをこらえて前方を見遣ると、秋山と例の色男がいる。
「き、君は…」
「おい秋山。お前ボコボコじゃねぇか」
俺は色男を無視して秋山に向き直る。無様な程に、その顔は痣だらけで、見ているだけで痛々しい。
「な…殴られちゃったけど、何とか連れてきたよ…氷室君…」
秋山は口許の傷のせいか、不明瞭な声でそう言った。
「ひ…氷室。そうか、やはり君があの氷室克也か…」
またしても俺は色男を無視した。
「秋山。上等だぜ…。お前」
「ええ。見直したわね」
ようやく給水塔から降りてきた紀子が言った。
「紀子!?まさか…」
「既にネタは上がってるのよ。先輩。いや…このド変態!!克也、殺して!この私が許す!」
やれやれ。先程までのしおらしさは何処へいったんだ。まぁ、その方が紀子らしいがな。
「そういう訳だ先輩。二人の屈辱を俺が代弁して、裁いてやるぜ」
俺は不敵な笑みを浮かべて見せる。しかし、色男は動揺を消し去り、薄く笑った。昼間に見た笑顔とは異なり、それは残忍な笑みだ。元が美形な分、なおさらそう見える。こいつも、天使の皮を被った悪魔か。人間は意外と多様性がないな。
「君の噂はかねがね聞いているよ。随分と喧嘩が強いらしいね。しかし、このインターハイ出場――って、うわぁ!?」
俺は奴の戯言が終わる前に挨拶代わりの一発を放つ。易々といなされたが、まだ全力ではない。
「き、君!人の話しは最後まで聞けよ!」
「うるせぇ。恐喝と窃盗を働くアンタが言うな」
俺は、一度離された間合いを詰めようと前進する。
しかし、奴が構えを取った途端。俺は足を止めた。空手家と戦うのは始めてだが、隙のない構えだ。躰を半身にし、右手を軽く突き出した格好で、わずかに腰を落としている。
確かに、正面からの攻撃には対応が迅速だろう。
「克也!殺っちまえ!」
「氷室君、僕の仇を!」
全く…調子が狂うな。
「声援なんて要らねぇから邪魔にならねぇようにどいてろ」
俺は一歩全身しようと足を踏み出す。刹那、待ち侘びていたかのような前蹴りが俺のみぞおちを狙う。迅いな。回避は不可能と判断し、左手でそれを受ける。返す右手で反撃の拳を繰り出すも、それは不発に終わった。受け止めた筈の奴の足が、引き戻されたと思った瞬間、それは踵落としに転じて俺の頭部を狙う。俺は半歩、後退してそれをかわすと、お返しの中段蹴りを放つ。しかし、それも敢えなくガードされ、俺は左足を取られる前に引き戻した。
「お前…」
俺は先程の攻防に違和感を覚え、思わず呟いた。
「戦いの最中に呆けてるんじゃねぇ!」
俺の態度を侮辱と感じたのか、奴は怒り心頭に発して攻めてきた。的確に俺の鼻柱を狙った正拳を、俺はかわすこともできたが、手の平で敢えて受け止めた。
「成程な」
俺は呟き、再び不敵の笑みを浮かべる。
それを嘲笑と感じたプライドの塊は、更に手数を増して攻め入る。
「どうした氷室克也?ノロいぞ?」
防御に徹した俺を見て、自尊心を取り戻した奴が言う。
「この程度の男が紀子の彼氏気取りか?ふん…お前じゃ役不足なんだよ!せっかくこの僕が守ってやると言っているのに、この僕を無様に振るとは。身の程を知れ!」
言動は激情に支配されているが、攻撃の数々は極めて冷静だった。流石と言うべきか。
「おい、ナルシスト。お前、一つ、勘違いしてるぜ?」
奴は俺の言葉にわずかに反応したが、攻撃の手は休めようとはしない。
「紀子を守る?お前が?」
「だから何だよ!?」
伴然としない俺に業を煮やした奴は、ついに大技を繰り出してきた。上段回し蹴り。奴のプライドを完膚なきまでに叩きのめす為に、俺はそれを待っていた。
視界の片隅で、秋山が息を飲み、紀子が顔を伏せ、奴が会心の笑みを浮かべた。が、それはすぐに驚愕へと代わる。


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