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《The pretty devil》
【少年/少女 恋愛小説】

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《The pretty devil》-5

「待て新井。良し、俺が聞いてやる。安心しろ。神に誓って新井には教えないからよ。それなら良いだろ?」
秋山は暫し考え、しぶしぶ俺に耳打ちする。その小声が持つ情けない内容に、俺は同情した。
「成程。腹をボコボコに殴られた挙げ句、お前の放尿シーンをムービーメールで撮影され、それをばら蒔かれたくなかったら新井紀子の私物を盗んでこいと。そう言われた訳だな?」
「や、約束が違う!何でしゃべるんですか!?」
悪いな。こうでもしなければ、俺かお前のどちらかが、新井の殺人キックをくらうハメになる。むしろ俺に感謝しろ。
「ふん…誰もテメェのナニに興味はねぇよ。どうせ包茎のくせに…それで?私の体操着を盗んで素直に渡したのね」
秋山。前半部分は忘れろ。
「……はい。済みません」
「その男の名前は?」
新井が言った。
「な、名前までは分かりませんが、確か、空手部のキャプテンだった気がします…」
空手家が喫煙と恐喝か、世も末だな。
「空手部のキャプテン?…そうか…アイツか…」
新井が何かに納得するように呟いた。
「どんな奴だ?」
「ほら、一時間目の休み時間に、此処で私に告白してきたアイツよ!」
「…成程。振られたはらいせって訳か。男の風上におけねぇな」
「殺ってくれるの?」
「…別にいいぜ」
恐らく、奴はまさか自分が振られるとは予想だにしていなかったのだろう。あのルックスで武道をたしなむ男だ。きっとプライドは高いに違いない。その自意識過剰な精神が勘に触る。惚れた女の目の前でそれをボロ雑巾に仕立て上げるのも一興だろう。
「良し、秋山。放課後にそいつを此処に呼び出せ。ついでに、お前の放尿シーンを収めた携帯もブッ壊してやる」
秋山は、再び奴と逢う事に恐怖心を抱いていたが、携帯を壊すと言う俺の言葉に嬉々としてうなずいた。
「逃げんなよ」
新井が秋山を睨み付けたのを最後に、一旦俺たちは解散した。
そして放課後、俺と新井は屋上の給水塔の上でラッキーストライクの紫煙を楽しんでいた。
「ねぇ…克也」
新井が茫洋と呟いた。
「何だよ」
「私、間違ってるのかな…」
俺は眉を潜めた。
「どうした。らしくなく謙虚だな」
根本まで吸った煙草の煙が目に染みた。俺が顔をしかめると、新井は軽く微笑んだ。
「ちょっとね。疲れたかな」
彼女は空を仰ぎ、煙草を踏み消す。
「もの分かりの良い優等生を演じるのがか?」
新井は寂しげな笑みを空に向け、うなずいた。
「アンタはさ。私のそれを嫌ってるみたいだけど。人に嫌われないために、自分に嘘ついてまで笑顔振りまくのは、悪い事なのかな…」
新井は自嘲気味に笑った。こいつがそんな笑い形を見せられる相手は、世界に俺一人だけだと知っている。
俺は新たな煙草に火を付けた。
「悪いとは言ってない。けど、少なくとも俺は納得いかねぇな」
「どうして?」
彼女の行き場のない瞳は、煙草の煙を追うしかなかった。
「お前が辛いのは、俺も辛い。それだけさ」
俺は笑った。彼女も笑った。それは、誰かに気にいられるための笑顔ではなかった。
「ほらな。その笑顔を誰にでも見せられるように成れば、無理なんてしなくても人は紀子を慕ってくれるさ。それでもお前を嫌う奴が居たら、それはそれで仕方ねぇさ。人は、誰からも嫌われずに生きていける程、単純じゃねぇからな。クラスの中に居る時の紀子を、俺が嫌ってるようによ」
俺は煙草をひっきりなしに吸ったが、慣れない会話内容に緊張でもしてるのか、味は全く分からなかった。
「克也。ようやく紀子って呼んでくれたね。みんなは私を名前で呼ぶのに、いつもアンタは名字だったからさ」
「そう言えばそうだったな」
俺は、自分を偽り続ける彼女を紀子と呼ぶのが嫌だった。それは紀子で在って紀子ではない。そう感じていたからだ。
「まぁ、何にせよ、辛いなら止めても良いんだぜ。むしろ、俺としてはその方が良い。ほら、秋山だっけ?アイツだって、お前の本性知っても好きでいてくれてるじゃねぇか。まぁ、アイツの場合は単に、顔が綺麗って理由だけかもしれないが」
俺は照れ隠しにまくし上げた。紀子はうなずき、微笑み返す。
悪魔は、天使の皮を被っている内に、本物の天使に成れるのかもしれない。柄にもなく、俺はそんな事を考えていた。


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