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《The pretty devil》
【少年/少女 恋愛小説】

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《The pretty devil》-8

「…その話しに、嘘偽りはないな?」
紀子の声は、すでにこの世の者とは思えぬ響きを有している。まるで、地獄の底から沸き上がる怨恨の如くだ。その声に、秋山は逃げるのも忘れて震え上がる。
「…は…い…」
死んだな。アイツ。
俺は同じく絶句する元色男に声をかけた。
「おい、良く見ておけ。今から、本物の、殺人クラスの上段蹴りが拝めるぞ。お前の蹴りの千倍は威力が在る」
「…そ、そのようだね…」
怒りに満ちた空気に躰を震わせ、元色男は呟いた。
「お前、相手が俺で、まだラッキーだぜ?」
紀子が動いた。
「変態野郎に罪名を言い渡す…死刑!!」
閃光さながらに放たれた蹴撃は、視認する事すら不可能。悪魔の躰がピクリと動いたかと思うと、既に行動は完了していた。裂空音すら置き去りにしたスピードは瞬きの間に、憐れな贖罪者の首筋に食らい付く。頸骨に亀裂が入り、脳を揺らし、その躰を人形のように吹き飛ばした。無骨で不吉な破壊音は、秋山が吹っ飛んだ後にようやく聞こえてくる。マグナムで果実を撃ち抜いたような、轟音だ。
「…安らかに眠ってくれ、秋山」
俺は憐れな罪人の冥福を祈った。あの蹴りには俺でさえ死に欠けたのだ。脆弱な秋山の躰が耐えられるとは、思えない。可哀そうに。
「ぼ…僕は、あんな子に告白したのか?」
悪魔をその目で見た男は、呆然自失と呟いた。
「…言ったろ。其所ら辺の男に守られなきゃならない程、弱い女じゃねぇって」
翌日、我がクラスには欠員が一人できた。その名は秋山。辛うじて九死に一生を得たが、暫くは入院生活を与儀なくされた身だ。もっとも、怪我が治ったとしても、悪魔の息衝くこの学校に戻る気力はないだろう。暫くは、紀子の顔が夢に出るだろうな。無論、天使ではなく、悪魔として。
昼休み、昼食を摂った俺はいつものように、屋上で食後の一服を楽しんでいた。
「よお」
と言って紀子が現れる。
「お前、またやっちまったな」
「何を?」
とぼけて紀子は俺の隣に腰を下ろした。
「別に…」
俺は苦笑して、ラッキーストライクを一本差し出した。火を付けてやると、紀子は深々と煙を吐き出した。
「…うそつき」
紀子が唐突に口走る。俺は訳が分からず困惑した。
「俺が?」
「そうよ。克也は嘘吐きよ」
紀子はぷかぷかと煙草を吹かし、俺を睨み付けた。
「秋山は、私の本性を見ても、私が好きなんだって、アンタ言ってたじゃない。私、その言葉を信じて昨晩行ったのよ?病院に。流石にやり過ぎたかなと思ってさ…。そしたらあのクソガキ、私の顔を見るなり泣き出してさ。高校二年生がよ?信じらんねぇよ」
紀子は一気にまくし立てた。余程ショックだったらしい。
この女は、人一倍、人に嫌われるのが怖いのだ。寂しがりやとか、そんなレベルではない。孤独過ぎると死んでしまうウサギのようなもの。だから自分を押し殺してまで、人に笑顔を振りかざす。本当はか弱い女なのだ。
「そうか。何から何まで、おの男は見込み違いだった訳だな」
「ま…別に。あんな雑魚に期待なんてしてないわ」
なら怒るなよ。俺は肩をすくめた。
「それに、私には克也がいるしね」
紀子は軽く笑みを浮かべて言った。
「流石に、あの蹴りをくらったら嫌いになるかもな」
「嘘ね。出会った頃にアンタを蹴飛ばしたけど、嫌われてねぇじゃん」
紀子は嬉しそうに微笑んでいる。何故、それを他の連中には見せてやらないのか。
「嫌いになったさ。一時、だけどな。でも、どんな悪魔もずっと側に居れば、次第に可愛く見えてくる。そういう事だ」
俺は言った。紀子はいつかのように寝転び、また空を見上げる。
俺もそれに倣った。
「ねぇ、克也。天使と悪魔、どっちが好き?」
「悪魔。天使の優しさは全て偽りだからな。でも、優しさを覚えた悪魔は、そうじゃない。きっと本物だ」
俺は迷わず答えた。
「ありがと」
紀子は笑って言った。
二人で見上げる空は、やはり紺碧の青さだった。天使の羽に見える雲は、一欠片もなかった。俺たち二人に相応しい青空だ。俺は紀子の傍らで、心底そう思った。

THEEND


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