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《The pretty devil》
【少年/少女 恋愛小説】

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《The pretty devil》-1

いつもの如く、あの女は弁舌も爽やかに英文朗読の任務をこなしていた。その流れるような口許に澱みは皆無。模範CDの如き発音と、アナウンサーも顔負けの美声は、教室中を滔々と渡って耳朶を打つ。これが教師ならば驚くに値しないが、奴は暦とした女子高生だ。帰国子女でもないくせに、あの女の英語力はバイリンガルと比較しても何ら違和感がない。いや、英語だけではなく、全ての普通教科においても学年トップ。天才少女の称号が必要だろう。
奴が指定された英文を読破すると、ベテラン英語教師は額に汗を浮かべて言った。
「…はい。よろしいですよ」
あの女にかかれば、ベテラン教師も形無しだろう。気にするな相手が悪い。
「はい」
女は再び美声を残して席に座る。いちいち返事をするな。偽善者め。奴の朗読のお陰で、クラス中の男子(俺以外の)の目がハート型だ。阿保くせぇ。
奴が椅子に腰を下ろすと同時に、授業終了のチャイムが鳴り響く。タイミングの良い事だ。教師が早々に教室を出ると、室内を騒がしさが席巻する。
疲れた。屋上で煙草でも吸ってこよう。それに、早く此処から出なければ不味い事態になる。俺は席を立ち、そそくさと教室を後にしようとする。
「氷室君。次は倫理の授業よ?」
手遅れか。俺は内心で舌打ちする。俺に声をかけた女の名は、新井紀子。先程、冗談みたいな英語力を見せ付けた女だ。
「新井。今は休み時間だぞ?」
「氷室君、今日は日直なんだから、やらなきゃいけない事が在るのでは?」
確かに、倫理教師の伊藤は毎回、日直の奴に資料を図書館から運ばせるのが常だ。だから俺は退却しようと試みたのだが。しかし、この女の上品ぶった語り口が妙に勘に触る。
「なら、お前が代理を勤めてくれ。実は具合いが悪くてな。俺は保健室で安眠をむさぼってくる」
「あら、大丈夫?分かったわ。資料は私が運ぶから、お大事にね。氷室君」
だからその語り口をやめてくれ。と言ったら話しがややこしくなる故、喉元にしまい込む。
「おう。悪いな。じゃあ、よろしく頼むわ」
俺は教室から出ようと歩を進める。やっと解放されたぜ。
しかし、俺の自由を妨げる声が後方から耳朶を打つ。
「お、おい、ひ、氷室君。紀子さんのお手を煩わせるような真似をするな。そ、それに、具合いが悪いなんて、う…嘘に決まってる!」
上擦った情けない声に、振り替える。俺の邪魔をするとは、自殺願望の旺盛な野郎だ。
「あぁ!?」
俺は恫喝を秘めた声色で不快をあらわにする。目に付いたのは、色白で気弱そうな雑魚キャラだ。学校のマドンナを前にナイト気取りか。
「おい雑魚すけ。度胸は買ってやるが、相手を選んでものを言え。死ぬか?」
俺がドスを効かせて脅すと、その雑魚は憐れな程に身をすくめた。ふん。蛇ににらまれた蛙が、粋がりやがって。
「…氷室君。そんな風に言わなくったって…」
新井が悲しげに俺をなだめようとする。何処までも勘に触る奴だ。俺は馬鹿臭くなって二人を無視し、再び教室を出ようとする。
「あっ…氷室君待って。保健室までついてくから」
新井が俺の後を追う。
そして俺の傍らに並ぶと、新井は顔を寄せて小さく呟き始めた。
「テメェよぉ、あんま調子こいてんじゃねぇぞ…あ?仮病で私に些事くらわすだぁ?千年早ぇんだよ。玉金潰されてぇのか?」
化けの皮を剥がしやがったな。この猫被り女、いや、こいつの場合は天使の皮を被った悪魔だ。
「此処で俺の代わりにその些事を引き受けたら、好感度アップだぞ?」
俺も同じく小声で応じる。すると奴は暫し俺の言葉を吟味し、逡巡する。
「ふん…許してやっか」
面倒事と好感度の上昇を天秤にかけた結果、右に傾いたらしい。存外、単純な女だ。
「氷室君…本当に大丈夫?顔色が優れないわ。伊藤先生には私が話しておくから、ゆっくりと休んでね。勿論、資料運びは私がやるから、心配しないで」
再び天使の皮で本性を覆い隠した新井は、先程とは打って変わって教室中に響き渡る美声を放った。全く配慮の良い事だ。俺たちは新井に向けられる感嘆と称賛の視線を背後に、教室を後にした。


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