透明な砂時計-4
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その後の事は何も覚えていない。
何かを話したはずなんだけど、何にも覚えていない。気付けば家にいて、気付けば風呂の中だった。
ノロノロと風呂から上がりゆっくりとノビをした。次に牛乳を飲み、少し頭がすっきりしたので部屋のベットに横になり音楽をかけた。
僕は部屋で最近の事を振り返り、彼女の事を考えた。
彼女が小説に涙した理由について考え、彼女の素敵な声について考えた。様々な彼女についての形容方法を考えたが、どれもが似つかわしく無い事に気づき落ち込んだ。
そして彼女為に歌を少し歌い、彼女に届けば良いと思いながら眠りについた。
眠りにつく際に気付いたのだが、僕は彼女の名前すら知らないのだった。
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僕らには少しだけど余裕があった。 つまり、僕らって言うのは僕と彼女の二人っていう意味で、余裕って言うのは周りに比べて勉強できるって事。
だから僕らは、夏休みのほとんど午後を(かなり短い時間ではあるが)一緒に過ごした。
僕は次の日から学習教室が終われば掃除をし、彼女はそんな僕をジッと眺め、小説を読んだ。 彼女は時たま手伝うと声をかけたが僕はそれを断り一人で掃除をした。
そこには彼女とちょっとでも一緒にいたいと言う下心もあった訳で。彼女に手伝って貰うとやはり掃除は早く終わってしまう訳で。 出来るだけ丁寧に掃除をする事だけが、今の僕と彼女を繋ぐ唯一の方法な訳で。
気付けば僕はこんなにも恋をしていた訳で。
そんな僕らが二人きりで過ごす時間は、かけがえのない美しさを持った時であった。 透明な砂時計の透明な砂が、サラサラと落ちる時の様な、少し親密で少しぎこちない様な、そんな感じ。 砂が音を吸収してしまったかの様に静かで容器が光を通す様に暖かな時。
―――なるほど、僕が彼女を始めて見た時に透明だと感じたのはこういう事だったのだ。
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一つキーワードとなるのは僕らの仲が急速に縮まった訳では無いという事。
僕らは、まるで闇の中にあるお互いを手探りで形付けてったみたいに慎重に、ただ慎重に、結ばれている紐をほどいていった。
それはかなり辛抱のいる作業であった事は確かだし、それがストレスになった事もあった。けれど大体は僕は幸せであったし彼女も幸せであった様に思う。
僕らは勉強後のしんとした教室で掃除をしながら様々な事を話した。
勉強の事や、彼女の読んでいる小説の事。名前もわかったし、最近の出来事や、音楽の話。恋愛の話なんかも。
こんな日もあった――
「――渡辺君の、好きな色は?」
と、彼女は言った。
僕は彼女の顔を見て、綺麗な顎のラインを眼でなぞった。 ほっそりとした首筋の影が彼女をより一層美しくしているみたいで嬉しかった。
「青…かな」
「ほほぅ、青ですか。私も、青は好きですよ」
大げさに驚いてみせた彼女の顔はとても楽しそうだった。
「やっぱし透明。透明にしとく」
「透明?」
「そう、透明。好きな色は、透明」
些か不思議そうな顔をした彼女はとても可愛かった。 その時、僕はとても特をした気分になった。