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エス
【純愛 恋愛小説】

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エム-7

時計はもう4時を指している。百合は来なくて、俺は鞄を力なく持ち上げるとため息交じりの息を吐き出して歩き出した。階段を下りながら誰もいない廊下を見つめる。
下駄箱まで来ると、そこには見覚えのある姿。

「百合」

声をかけると俯いていた顔を上げる。髪が夕日に反射して黒く光る。

「普通さ、迎えにくるでしょ」

走って近づくと俺は思わず抱きしめる。

「ごめん」

百合は無言でそれを受け止め俺の背にそっと手を寄せた。
しばらく二人でそうしてから手を繋いで学校を出る。
駅から電車に乗り、二人で上野眼科へ向かった。
ビルの前まで来て百合の顔を見る。

「ここに来た?」

百合は無言で頷き、俺は彼女の手を引っ張って階段を上る。
この先に上野眼科と書かれたドアがあるのだと確信しながら。

しかし、それは忽然と姿を消していた。

「……えっ!」

思わず声を上げる。
数日前に来た時はきちんと金属製のプレートがドアについていたはずなのに、そこにはそんなプレートは無く、代わりに有限会社安田商事のプレート。



「……ほら、ね」

百合が眉を寄せる。百合と繋いだ手を離し、俺はそのドアをノックした。
金属製のドアが乱暴な音を立てて数回鳴り響くと、中から紺色のスーツを着た女性が姿を現し怪訝な顔をして俺達を見た。

「何か御用でしょうか」

よく響くその声でそういわれて、背後から百合が手を引っ張る。
それに逆らうように立ち尽くし、震える声で俺は聞いた。

「上野眼科は……あの、上野眼科をご存知ないですか」

階を間違えているのだと言ってほしかった。
転院したと言ってほしかった。

「……はあ?そんなものこのビルに入ってませんよ」

女性がますます怪訝そうに顔を歪ませてドアを閉めた。


「行こう、真」

百合の引っ張る力に最早抵抗する事も出来なかった。


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