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パルティータ
【SM 官能小説】

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パルティータ-8

もう何年も前になるが、彼は、別荘の管理人の名目でひとりの未亡人の老婦を雇った。肩の骨が角張った細身の彼女は、白髪を短く刈りこみ、窪んだ眼と整った鼻筋を持ち、化粧をすることもなく、身につけるものもきわめて質素で、一切の感情を封じたように無表情で、男が《きわめて健康的な性欲》をいだくことができないほど、すでに女としての盛りの年齢を過ぎていた。おそらく、若い頃は整った美しい顔立ちをしていたのだろうか、その面影を今も残しながら、何よりもその老婦は男性というものを卑下し、冷淡に侮蔑できる素質を感じ取れた。そして彼を牢獄に封じ込めるのにふさわしい女だった。

彼がまず自らに科したことは狂おしいほどの老婦に対する敬虔さだった。そして自分が必要とする女性として老婦をつくりあげていくことだった。男は老婦の髪を梳き、化粧をほどこし、口紅を塗り、衣服も下着も美しく彩らせた。老婦の脚先は、その老いた風貌に似合わず、まるで若い女のカモシカの脚ように白くとても美しかった。それは彼がもっとも魅了された彼女の身体の一部でもあった。足指からは香りのよい石鹸の匂いがした。くるぶしも、足首も、ふくらはぎも、そしてつるつるとした腿肌も、胸苦しいほどの畏怖を感じさせた。彼は、むき出しにされた老婦の足先に用意していた黒いハイヒールをはかせた。かかとを掌で包み、つま先をいたわるようにハイヒールの奥まで滑り込ませた。それらの彼の行為は、老婦が男のものであり、男が老婦のものであることにおいてとても大切な儀式だった。老婦は彼の行為に初めて狡猾で妖艶な笑みを浮かべた。

老婆は言った。――― あなたは、あのときの、あのことを思い出すべきです。そのためにわたくしはあなたを牢獄に入れ、あなたに自慰を強いるのですから。

あのときの……あのこと………男は牢獄の暗闇の中で独り言のようにその言葉を繰り返した。胸の奥に張りついていたものがぼんやりと輪郭を描き出していた。澱んだ空気の中に白樺の林をそよがせる風と沼が微かに泡立つ音を聞いた。そして彼の指に瑞々しい少女のような女性の肌を感じた。ふと気がつくと裸になった老婆が彼のペニスを咥えていた。老婆の蒼い唇が開いたかと思うと肉幹を喰い絞めるようにすぼまり、まるで食べ尽くすように弛緩していた。そして老婆がつぶやいた……あなたの記憶を解き放つのです。かけがえのない自慰として……。


老婦は好きなときに別荘にあらわれ、自分の意思で彼に命じ、彼を牢獄に封じることができた。老婦の手によって首輪をされた全裸の彼は、薄暗い牢獄で、後ろ手にされた手首に革枷を嵌められていた。足首の鉄枷には鎖が絡み、まるで捕えられた囚人のように自由を奪われ、冷えきった床石に跪いていた。彼は老婦に服従し、彼女の赦しがなければ何日も牢獄から出ることはできなかった。 老婦が思いたったときに食事が差し入れられ、ときに彼女は一日中、牢獄にあらわれることなく彼を放置することもあった。壁の燭台が灯されるのは彼女が牢獄に現われたときだけで、彼は鉄格子の扉から洩れる無慈悲な薄青い灯りだけを漂わせた暗闇で放置された。暗闇の中には、上階から聞こえてくるコツコツと床を踏みしめる老婦の靴の音だけが響いていた。それは彼女のハイヒールが床を踏みしめる音であり、その音は彼の肌に喰い込み、手足の甲に楔を打ち、石の壁に、石の床に、磔にした。
これまでの彼の自慰がどれほど性的な欲望のもとに行われたのか自分でも定かでないのだが、牢獄に囚われた彼の心と体には、老婦の靴音だけによって、《あのこと》を意識させ(これまで彼にこんな経験はなかった)、言葉では説明できないような鮮やかな性の色彩が肉奥に不定形に浮遊し、まるで万華鏡のように混じりあい蠢いた。

老婦が囁いた。

――― あなたは牢獄で、すでに自分の記憶に苦痛を感じています。その苦痛の意味が、あのときの、あのことにあることにお気づきになられたでしょうか。

柱に型とられた少女の彫像の性器の空洞の翳りには色素のない無数の蟻が溢れ、不気味な群れをなしていた。彫像は彼の中のどこかにある記憶をゆるがせた。そしてそのゆらぎは、彫像が彼の自慰のためにあるものだということを知らしめた。男は老婦にうながされるようにその彫像の柱に腕をまわし、少女の裸像を抱くようにして腰を押しつけ、蟻が蠢く穴にペニスを挿入した。老婦は柱に回した彼の手首に手錠をかけた。

――― さあ、あなたの記憶と自慰を行いなさい、と老婦は彼の頬を撫でながら言った。

目を閉じると冷たい大理石の彫像がまるで生きた少女の体温をもっているような錯覚に陥り、ペニスには無数の蟻が喰いつくように群がった。彼は蟻の群れに煽られるように勃起した。肉幹の包皮がよじれ、亀頭の溝を蟻が刺すように這いまわる。柔らかな肉塊が蟻で食い荒らされるような痛みが血流となって毒々しく流れた。先汁の粘液が止めどもなく滲み始めているのを感じた。穴から溢れ出した蟻が陰嚢の薄膜を這いまわる。彼は身悶えし、ペニスを烈しく疼かせた。その姿を老婦は淫靡な笑みを浮かべてじっと見ていた。

男は《あのときの、あのこと》だけを想いながら淡い灯りが漂う牢獄で長い時間をかけて彫像と自慰を行った。彼は《あのことの記憶》を恣意的な性の対象として、あのとき、誰かと、性的に交わった記憶に堕ちていった。少女の彫像との自慰は記憶というイデアであり、イデアは彼の性の純潔そのものだった。彼はその記憶によって初めて性的な自分に目覚め、烈しい精神的、肉体的な性欲をいだき、眼差しをぎらつかせ、狂わしい欲望に身悶えすることができた。ふと気がつくと彫像の性器の穴から男が射精した白濁液が物憂く滲み出していた。


 老婦との奇妙な生活は長く続かなかった。あるとき別荘を離れ、仕事で都心にいた彼のところへ別荘がある地元の警察から電話が入ったのは、ちょうど今頃の季節だった。老婦が別荘の中で強姦され、死亡したとの連絡だった。彼は警察に出向き、遺体の確認をした。老婦は以前から関係を噂されていた男に強姦されたあげく、首を絞められ殺害されたらしい。動機は別荘に出入りし、別荘の持ち主と関係を持っている老婦に対する犯人の妬情だと聞いたが、ふたりがどんな関係であったのかは知る由もない。彼は警察の事情聴取に対して、老婦を別荘の管理人として雇っていたことだけを手短に話しただけだった………。



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