5 アタッシュケースとうつろな瞳-1
扉の向こう側に立っていたのは、白いトレンチコートを着込んだ男のエルフだった。男は片方の手にアタッシュケースを下げていた。
ユリアは確か、検査はいつかという僕の問いに対して「今日だ」と答えた。「逃げてきた」、とも。この男が追っ手の検査官ならば、アタッシュケースの中身はやはり、ユリアの体を検査するための器具が入っているのだろうか。男は言った。
「司祭様、先ほどうちの生徒の声が部屋の中から聞こえましたが、ユリアがこちらにお邪魔しているものとお見受けします」
男はすでに、僕の肩越しにユリアの姿を捉えている。
「ええ。あなたは?」
「私はユリアの学校の教師で、生徒指導のブライアンと申します。中に入っても?」
訝しむ僕に、ブライアンと名乗った男はすぐに言葉を捕捉する。この男は、だいぶ頭が切れそうだ。
「なに、すぐにおいとましますよ。私はただユリアを迎えにきただけなのですからね」
ブライアンは片手で名刺を取り出して僕によこす。僕は名刺を受け取った。この場合、僕は「どうぞ」と、彼を中に通すしかなくなった。
ユリアは椅子に座っていて、緊張しているのか姿勢を正して待っている。じっと動かずに、虚空のどこかただ一点を見つめている。
しかし彼女に動揺した様子はない。今の彼女はもう、検査におびえる必要はない。
そう、僕のオペレーションはすでに完了しているのだ。僕の魔法は、彼女の股間周りに生じていた現象プロセスを巻き戻した。切断された彼女のパンツでさえも、今は元の状態に戻っているはずだ。
これでユリアがいくら検査を受けたとしても彼女が惨めな思いをすることはないだろう。
「さあ、ユリア。これ以上司祭様にご迷惑をおかけするものではありませんよ。来なさい」
ブライアンの呼びかけに応じてユリアは立ち上がったが、動こうとはしなかった。
彼女はブライアンに手首を掴まれて、無気力な足取りで部屋の外に向かった。手錠を引かれて歩かされる罪人のような足取りで。
「待ってください」
僕は二人を呼び止めた。
ブライアンが振り返ると、遅れてまったく同じような動きでユリアも振り返る。
彼女の目はうつろ、とでも言うのだろうか、このような目をした者が自分から歩き出したり、何か前向きな言葉を発したりすることはないだろうと思えるような、そんな目だ。
先ほどまで彼女が僕に見せてくれていた色々なもの、これも何というのがいいだろう、生き生きとした光のようなものが、今のユリアには欠如しているのだ。僕は言った。
「ブライアン先生。私はどうやらその子を返すわけにはいきません。その子はまだ私の支援を必要としています。もちろん検査のお話は伺いました。私の方で調べてみたところ、ユリアの体に異常は見つかりませんでしたよ」
ブライアンは少し鼻で笑ったようだった。僕はムッとした。
「人間の司祭様、あなたは確か、最近赴任されたという」
「ええ。それがなにか」
「あなたにはスクルーチナイズの知識がおありで?」
スクルーチナイズとは古いエルフの言葉で、「隈なく調べる」というほどの意味と思えばいい。
エルフたちは処女検査という言葉をあまり用いない。彼らにとってそれはとても直接的であり、俗な表現だ。
女性の場合ほとんどは言葉そのものを口に出さないか、単に「検査」と言うだけだ。
確かに僕には、ブライアンの言うスクルーチナイズの知識はない。
しかし僕は女性器や女性の体のしくみについては、人並み以上には知識を蓄えてからこの森での任務に当たっているつもりだ。
「確かに僕が詳しいのは人間の女性ですが、見たところ大きな違いはありませんね」
「なるほど。しかしあなたは先ほど、異常はない、とおっしゃいましたかな? では、それはつまり何と比べて異常ではないと、あなたは判断されたのかな?」
僕は、この男の問いに答えることができなかった。
今の僕ではこの男にはとても勝てない、敵わないと思った。
「ふふ、無理もありませんよ。司祭様はスクルーチナイザーの認定をまだお受けになっていないのでしょうから。いいでしょう。特別に今ここで手本をお見せしましょうか」
ブライアンが得意げに事を進めるのを、僕は見ていることしかできなかった。
銀色のアタッシュケースはすでに床に設置されていて、パチンパチンと音を響かせて、ブライアンによって開かれていた。