(最終話)解かれることのない先輩との関係-1
嫌がる時任先輩を無理やり犯して、その現場を田中さんに見られた俺は不思議と冷静だった。
先輩との淫らな関係から解き放たれたかったのかもしれない。
いつでも先輩は冷静で、俺ばかり、執着して。
辛くて、辛くてーーー
先輩からは、
「気にせず会社に出社して欲しい、朝美ちゃんのことも気にしなくていい」
という連絡があった。
秀次のように、どこかに飛ばされるかと思った。
どうせなら、どこかに飛ばされる方が、やめさせられる方が楽だ。田中さんだって見ていたのだ。
田中さんだって、先輩を強姦した男の側にはいづらいだろう。
週末明け、会社に出社すると、当然の如く田中さんは挨拶すらしてこなかった。
それに対して、時任先輩はいつも通りだった。
そんな時任先輩の態度に、田中さんは信じられないようだった。
ぽん、と肩に何気なく置かれる手。
後ろから香る香水。細い指先。
振り返れば、ぽってりとした彼女の唇は目と鼻の先だ。
彼女のすべてに俺は翻弄されたのだ。
自ら手放したそれを、後悔してももう遅い。
そんな辛い日常を過ごし、二ヶ月ほど経った日のこと…
朝礼で管理職から、時任先輩がしばらく休職するという報告があった。
そしてその日の午前中、俺と田中さんのもとには先輩からメールが来ていた。
俺はそのメールの内容に、驚き…
普通に仕事をすることができなかった。
昼休憩。
田中さんに、俺らの部署が入っているフロアの非常階段の辺りに呼ばれた。
「ちょっと、あたしとあんたにメール送ってるって書いてあったけど…どういうこと…。病休って管理職は言ってたけど…表向きってことでしょ」
苛苛しながら、田中さんは静かに言い放った。
「お、俺も知らなかった。初めてメールで知った」
「ーー時期的に佐田くんの子でしょう?先輩、妊娠して体調崩してるなんて…」
俺と先輩が行為を行なう時、今まで一度も避妊をしたことがなかった。
それは、先輩がピルなどを常用しているのだと思っていた。
「多分…そうだと思う…」
先輩が、夫とセックスをするはずがないのだから。
「あたし、あんなの見て、佐田くんと同じ空気吸ってるのも嫌なんだけどさ。
何なわけ?洗脳とかしてたの?そういうキャラに見えないけど…
真由美先輩、あのあとずっと佐田くんのこと庇ってた。それにギクシャクしてるのはあたしらだけで、真由美先輩、普段通り佐田くんの側に行ったりするし。理解できない」
ーーそう、俺も正直理解できないのだ。
そもそもレイプされた相手とまた関係を結んだことが、だ。
無理やりされたにもかかわらず、それが簡単に快感に変わるなんて有り得るはずがない。
俺との関係は…
セックスが気持ちいいということの他に何か理由があったのだろうか。
田中さんはそれ以上俺に問い詰めることはなかった。
俺はその日、先輩に連絡をした。話がしたいと。
時任先輩は快諾してくれた。
俺は定時とともに、急いで会社を出たのだった。
「すごい。定時に出てダッシュしたでしょ。早いじゃん」
玄関先で俺を出迎えてくれた時任先輩は、そんなことを言って笑っていた。
俺は冬だというのに額に汗を浮かべていた。最寄り駅からもなるべく早足でここまで来たからだ。