先輩との別離-1
季節はいつの間にか秋になっていた。
(ーー今日、憂鬱だな)
自宅のリビングのテーブルをふきながら真由美は思った。
今日は土曜日で、朝美と金治がやってくるのだ。
あの出来事以来、金治に対する気持ちが冷めてしまった真由美は、金治と体を重ねることがなくなった。
当然、飲みに行くこともなくなり、数ヶ月。久しぶりに飲みませんか?と朝美が言ってきたのだ。
「ふぅ…」
ため息をついたとき、インターフォンが鳴る。
朝美だった。
朝美が先にやってきたのは真由美にとって好都合だった。
金治と二人きりにならずに済む。
(佐田くんだって、本当は気まずいだろうし…)
「さっき最寄り駅に着いたみたいです、佐田くん」
「そうなんだ、わかった。みんなで飲むの、久しぶりだね」
ジーンズに、パーカーを羽織る真由美は、パーカーのポケットに手を突っ込んで冷蔵庫へと向かう。
金治の名前が出ることさえ、何となく、どこか気まずいのだ。
「朝美ちゃん、何か先に飲む?」
「ビールがあれば、お願いします」
「うん、あたしも飲んじゃおうかな」
グラス2つ分のビールをついで、リビングのテーブルへ置いて乾杯する。
「ーー真由美先輩、最近、佐田くんと何かあったんですか?」
聞きづらそうに、朝美が尋ねた。
定期的に飲みに行っていたメンバーが、なかなか飲まなくなったのだ。真由美の仕事の忙しさだって、朝美にはわかる。
今回の飲み会だって何となくギクシャクしているのを朝美が勘づいて開こうとしてくれたのだろう。
「何かって?」
「たとえば…その、告られた…とか?」
その問いに、真由美は答えることが出来なかった。
「何かあった」という問いの直接的な答えでないから、ということもあるが、真由美に対する金治の思いに、朝美が気づいていたからだった。
「図星…ですか?」
「ううん、告られたって、つまり佐田くんがあたしのこと好きってこと?それ、本当のことなら言わない方がいいんじゃないの」
真由美は上手く切り抜けようと、金治に告白されていないという前提で、冷たげに言い放つ。
「あ……いや、ごめんなさい。本人に直接聞いたわけでは。ただ、佐田くんは先輩のこと好きなのかなって思ったことがあって……」
「そう。ただ、もしそうなら、その気持ちを誰にも知られたくないと思うよ。だってあたし、結婚してるんだもの」
現に彼は、その思いを小菅秀次に暴かれるまで誰にも打ち明けなかった。
「ですよね、軽率でした。すみません……前に、真由美先輩が旦那さんと歩いてたときあったじゃないですか。その話を佐田くんにしたら、すごく不機嫌になっちゃって…」
(ああ、アレね…)
真由美はそう思いながら、ふふっと笑って、前髪をかけあげて答える。
「元々その日、佐田くんにお礼したいことがあって食事に行く約束してたのね。
だけど夫が急に関西から都内に来ることになって、当日にリスケしてもらったの。誰と会うとか言ってなかったんだけど、元々の約束反故にして誰かと会って、しかもそれを他人から聞くって嫌じゃない?
あたしも当たられたんだから。シクったな、って感じよ全く」
真由美はそう言いながら、朝美の肩をぽんぽんと叩く。
嘘は言っていないーー当たられ方は、なかなか激しいものであったが。