目の前の男に嫉妬して-1
とある、七月の週末のことだった。
大企業Sの下請け会社に勤めている佐田金治は、先輩の時任真由美と共に、渋谷を本社とするSの研修会に参加していた。
その研修は、協力会社(つまり金治たちが勤めるような下請け会社)との関係において、法令遵守やハラスメントを防ぐための教育を目的とするものだった。
その研修には下請け会社の管理職や、リーダー等も参加することになっており、いわば「大企業Sはこういうことをやっていますよ」という共有を協力会社と行なうために彼らを参加させている。
金治の勤める会社では真由美が代表で行くこととなったのだが、何故か金治も行くことになっていた。
「ちょっとワガママ言ったの。ごめんね。これ去年も参加したんだけど、一人じゃ退屈でさ」
と研修の受付の際、真由美に耳打ちされた。
つまり、Sの役員である夫の名前を使って、金治を参加させたということだろう。
金治自身、会社の仕事をするより楽でいい、という気分だった。
しかも下請け会社の参加者は楽に受けていいとのことで、金治は白のポロシャツに黒のチノパンを着用し、真由美もジャケットこそ羽織っているものの、スニーカーというラフスタイルだった。
大きな講堂での研修が終わると、時刻は十七時を回ったところだった。
講堂のドアを出ようとする二人の元へ、足早に一人の男性が駆けつける。
「時任さん、お久しぶりです。今日は渋谷の方までお越しいただきありがとうございます。遠かったでしょう」
四十代前半くらいだろうか。
白い半袖のシャツに、ノーネクタイ。
顔つきは年相応ではあるものの、背は高く、引き締まった体をしており、洗練されている。
彫りが深いその顔立ちは、彼の出で立ちを引き立てていた。
真由美に微笑みかけるその笑顔に、一切いやらしさはなく、とても爽やかだ。
金治は瞬時にそう思った。
「いえ、後輩の参加も無理を言ってしまって。
佐田くん、この方は、Sの高嶋さんです。あたしの夫が誰かを知っている感じね。
高嶋さん、佐田はうちの会社の管理職の他に、夫のことを知っている後輩です。よろしくお願いしますね」
「そうですか、とても信頼している後輩というわけですね。佐田さん、よろしくお願い致します」
高嶋に手を差し出され、金治は思わず手を差し出す。
金治から見て、とても好印象の男性だった。
「ホテルの方も、取っていただいてありがとうございます。普通に帰ればいいんですけど、夫が「週末だし、佐田君連れてくるなら絶対飲むでしょ?」って…。心配性ですね」
「えっ、時任先輩、泊まるんですか」
金治は驚いて聞いた。
「うん、だってわざわざ高嶋さんに取らせたんだよ?飲むとか言ってないのに…飲むけどね」
真由美はニヤリと金治に笑って見せた。
ここしばらく、真由美との秘密の逢瀬はなかった…
これは期待していいのかと、勝手に金治は胸を高鳴らせる。
「というわけで、時任さん。お声がけしたのは僕から飲みのお誘いです。よかったらホテルの近くで、佐田さんも一緒に少し飲みませんか。
予約もしてないですし、気を張るようなところじゃなくて、適当にどこか入りましょう」
「やった!さすが高嶋さん、わかってるなあ!」
真由美がバシッと高嶋の肩を叩く。
金治は高嶋が一緒なことに少し残念な気持ちになったが、三人で会社を出た。