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レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

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恋人繋ぎ-1




 月明かりの煌々と照らす細い道をしばらく歩いて行くと、真っ白い壁の巨大な建物が見えてきた。暗いので、さすがに細かい部分まではわからないけど、僕の通っていた小学校の三階建て校舎は記憶通りの佇まいをとどめていた。
 なるほど今夜は満月か、などと詩的な思考をめぐらせながら裏庭のほうへまわると、そこに幽かな人影を認めて思わず立ち止まる。
「来てくれないのかと思った」
 彼女は口元だけで微笑んでみせた。彼女のこんな表情を見るのは初めてだ。
「どうして?」
 僕は七瀬アイに訊き返す。おかしいな、どうにも頭の中がふわふわする。
「だって、あたしのこと嫌いになったのかなあと思って」
「落書きくらいで嫌いになったりするもんか。だからこうして七瀬に会いに来たじゃないか」
「じゃあ、あたしのこと、どう思ってるんですか?」
「どうって、それはまあ……」
 素直に白状するならば、嫌いの反対ということになる。そんな曖昧な表現をしたところでおそらく彼女は納得しないだろう。僕は正々堂々と胸を張り、ありのままの気持ちを告白した。
「七瀬のことが好きだ」
「まだ会ったばかりなのに? そんなに簡単に好きになるんですか?」
「勘違いかもしれないけど、ずっと前にどこかで会ったことがあるような気がするんだ。だから中途半端な気持ちで言ってるわけじゃない。僕は真剣だよ」
 列車の座席で眠る彼女を見た時から、僕はある種の違和感を抱いていた。しかしそれについて引きずるつもりはなかった。僕は彼女に惹かれ、確信していたのだ。
「だったら証拠を見せてください」
 月光を浴びた七瀬アイが、まるで引力に導かれるかのように僕との距離を縮める。見上げてくる瞳にも月が映っていた。
 でもその月はすぐに見えなくなった。彼女が目を閉じたからだ。無防備に色付いた唇だけが僕からの答えを待っていた。
 一秒だったのか、それとも一分くらいだったのか、時間の単位はよくわからない。でもこれだけは言える。僕たちはお互いの意思でキスを交わしたのだと。
 僕の手がいつの間にか彼女の肩にあった。そうしてどちらからともなく顔を離すと、僕はふたたび彼女の目をのぞき込む。恋する少女の目になっていた。
 あ、と小さく発したのは彼女が先だった。暗闇の中を浮遊する黄色い光が僕たちのまわりを飛んでいた。それはしだいに数を増やし、火の粉が舞い上がるように幻想的な軌跡をいくつも描いていく。
「ホタル……」
 飛び交う灯火(ともしび)を目で追いながら彼女はつぶやいた。ホタルは茂みに飛来したり、すぐそばを流れる小川の水面ぎりぎりを飛んだりしている。尊い命を繋いでいくために、彼らは求愛行動をしているのだった。
「きれい……」
 七瀬アイはホタルの光にすっかり心を奪われている様子だった。その手を僕が握ると、彼女もぎゅっと握り返してくる。
 『恋人繋ぎ』で結ばれた二人の指と指とが絡み合い、その時、きっと遺伝子の構造よりも複雑な部分で繋がっているのだと僕は感じた。
 ホタルはどんなふうにして光っているのか、そんな他愛もない疑問に耽っているうちにホタルの光が一箇所に集まり出した。よく見ると、どうも木の根元の地面に引き寄せられているようだ。
「ねえ、行ってみようよ」
 ぐい、と僕の手を引いて七瀬アイは草むらの中を歩き出す。そこにすべての答えが埋もれているような気がして、僕らは二人してホタルの行方を追った。桜の木だったか、等間隔で植えられている一本の樹木の前で僕らは立ち止まる。
「七瀬、これってまさか……」
 誰かが掘り返したのだろう、地面の一部に深さ五十センチほどの穴が空いていて、四角い箱のようなものがのぞいていた。土を払って取り上げてみるとアルミ製の箱だった。『ビスケット』というレトロな文字が辛うじて読める。
「ミソラが言ってたタイムカプセル、ほんとうにあったんだ」
 ところどころ錆び付いたビスケットの缶は意外と軽く、そこに何かしらの思い出が詰まっているとはとても思えなかった。
 中を見ていいのかどうか一瞬迷ったが、先ほどのキスの余韻に浮かされた僕は好奇心にも背中を押され、苦慮することもなくその蓋をとうとう開けてしまうのだった。


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