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レモネードは色褪せない
【ラブコメ 官能小説】

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眠れるワンピース-1




 どちらかというと、僕は睡眠を邪魔されるのが嫌いな人種だ。いや僕に限らず、安眠を妨げられれば誰でも不愉快な気分になると思う。その原因が本人の意図しない外部からの感覚によるものならば、なおさら寝覚めが悪い。
 というのも、どうやら僕は列車に揺られながらいつの間にか眠っていたようで、目を覚ますと窓側の席に座り、頬杖をついていた。おかげで肘がぴりぴり痺れていて、指先の感覚もほとんどない。通路側は空席だった。
 飲みかけのペットボトルのお茶に手を伸ばそうとして掴み損ねた僕は、それが落下していく様子を寝起きの眼(まなこ)で追うことしかできず、最終的には座席の下をのぞかねばならないという残念な結果を招いてしまう。
 これが炭酸ジュースなら中身が噴き出していたかもしれない、などと割と冷静にペットボトルの行方に目を凝らしていた僕は、暗がりの向こうに清楚な足が揃えられているのに気付き、動揺した。正確には足首から下だけが見えていて、その靴先のところにペットボトルがつっかえていた。
 こいつはかなり気まずいな、眠った振りでやり過ごそうか、いやいやいや、その選択は社会人として間違っているぞ、という葛藤の果てに一列後ろの座席に近付き、息を吸った。
「すみません」
 僕は声をかけた。見ると、大学生くらいの女の子が一人、リクライニングを倒した状態で窓側の席に座っていた。長袖の白いワンピースを着ていて、となりの席には肩掛けバッグと麦わら帽子が置いてあった。
 おそらく僕と同い年くらいであろう彼女の瞼は閉じられている。長い睫毛とか白い頬とか唇のかたちとか、もっと言えば規則正しく上下する胸とか細長い指のひとつひとつにまで視線を巡らせていると、知らず知らずのうちに見惚れている自分に呆れてしまう。
「あのう、もしもし」
 ほかの乗客の迷惑にならない程度にもう一度声をかけてはみるものの、待てども待てども女の子が目を開けないので、僕は悩んだ挙げ句に自分の指定席に戻り、車窓からの景色をぼんやり眺めることにした。
 時折、背後から聞こえてくる衣擦れの音に意識を奪われながらも知らん顔を保ち、窓の外を流れる田園風景に懐かしいイメージを描いていると、「間もなくK駅」という聞き取りにくいアナウンスがスピーカーから漏れてきた。
 僕はそわそわと手荷物を確認し、といっても大して荷物があるわけでもないけど、駅弁の空容器をレジ袋に入れてから腰を浮かせ、ちらりと女の子のほうを見た。
 彼女はまだ気持ち良さそうに眠っている。一体全体どんな夢を見ているのか想像もつかないけど、とにかく僕は名残惜しい気持ちを無理矢理ちょん切り、今度こそ彼女に背を向けて通路の先にある自動ドアをくぐる。
 列車は間もなく減速し、ほぼ定刻通りに駅のホームに到着した。僕の生まれ育った小さな町の小さな駅は、時代に取り残されたままの姿で僕を迎えてくれた。
 人もまばらなホームに降り立つと、初夏の日差しが容赦なく降り注いで、どこからともなく潮の香りが漂ってくる。遥か頭上に広がる青空のキャンバスには積乱雲がもくもくと湧き、絵筆を握るのが苦手な僕は代わりにスマートフォンを取り出し、シャッターを切った。
 しかし、そこから視線を地上へと戻した時、陽炎で揺らめくホームに佇む人影を見た僕は息を飲み、淡い気持ちが胸に広がるのを感じた。白いワンピースに麦わら帽子の、あの女の子に間違いなかった。






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