先輩のお礼-1
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何もしないという金治の宣言通り、その次の日も、金治と真由美は体を重ねなかった。
それから数週間が過ぎた、五月の、ある金曜日。
特に仕事でも必要以上に会話をせず、真由美と、同僚の朝美とも飲みに行くことも無く、何となく日にちが経っていた。
金治は今日は残業せねばならず、真由美も残っている。
そんなに大きな部署でないので、もともと人数が少ないということもあろうが、この部屋で残業しているのは今日は二人だけだった。
「うーーっ。ここまでにしよう。マジ疲れた」
金治はぐーっと両手を腕にあげて、椅子に座った状態で体を伸ばす。時刻は二十一時を過ぎていた。
立ち上がり、休憩室というには名ばかりの、パーテーションで仕切られた区画に入った。
アイスココアを自販機で買うと、ソファーに座って一気に喉にココアを流し込む。
「うまー…」
そう呟いた時、そこに真由美が入ってくる。
「時任先輩も終わりですか?」
「うん。別に今日じゃなくてもよかったんだけどね。佐田くんと、二人になりたかったから…最近話、してなかったじゃない?」
(二人になりたいとか、なんてこと言うんだよ…。しかもこの場所…前にセックスしたところ…)
「わざわざ、待っててくれたんですか」
「うん…。この間から、もしかして気まずいのかな…と思ってさ。あたしはもう平気だよ?本当に、あの警備員の人もいないみたいだし」
「なら、よかったです…」
平静を装い、金治はそう答える。
真由美は金治の右隣に座り、金治の右腕に、自らの左腕を絡ませる。
久しぶりのその感触に、金治の胸が高鳴らないはずがなかった。
「この間は本当にありがとう。一緒にいてくれて…それに何もしないでいてくれて、本当に助かった」
「俺、しちゃったらマジ鬼畜じゃないですか」
苦笑いしながら、答える。実際には、寝室を離れてオナニーまでしてしまったのだから。
「だからね…何か、お礼をしたいのだけど…何がいいかな。いつもその辺の居酒屋とかだから…あたしで払えるところであれば、いつもよりもう少しいいところでご飯でも…って思ったんだけど。今日はあたしも帰るだけだし」
「ご飯か…確かにお腹すきましたね。でも、先輩、車できてるでしょう?明日改めて先輩の家の近くまでおうかがいしますよ?」
「あ…確かに。今日疲れたから飲みたいし。それなら明日行くとして、今日は泊まってってもいいよ?」
ドキン、と金治の胸が高鳴る。
久しぶりのセックスの誘いだと、捉えざるを得ない。
「あ。あの…」
「ん?」
真由美が上目遣いで、金治を見る。