オフィスでのマッサージ-1
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「ーーくん、…佐田くん」
「ん…」
体をゆさぶられ、名前を呼ぶ声が金治の耳に聞こえた。
「21時半だよ?もうあたしたち以外、誰もいないけど」
その声に、はっと飛び起きて辺りを見回す。
オフィスの中にある、パーテーションで仕切られただけの休憩室だった。ソファで少しうとうとしていたら、そのまま眠ってしまったらしい。自販機の光に照らされて、金治の目の前にいたのは真由美だった。
「飲み物買いにこなかったら、そのまま帰るところだった。風邪引くよ?こんなところで寝てたら」
「す、すみません…」
「もう、起こしてくれてありがとう、でしょ。そこは」
真由美はソファの横の自販機で何か飲み物を買うと、金治に差し出した。
「確かこのココア好きじゃなかった?飲んだら帰りなさい。あたしもこれ飲んだら帰る」
と金治の左に座り、同じ商品を見せて口につけた。
「先輩、いただきます」
いつも、仕事する時に飲んでいるココアだった。真由美は、金治のいつも飲んでいる商品を知ってくれていたのだ。
ーーいつも、後輩のことを可愛がってくれて、よく気がついてくれる。
だからこそ、秀次も、金治も、朝美も真由美を慕っていたのだ。
(なのに…)
「ここのところ、寝られなかったんじゃないの?机の上、仕事そのまんまになってた。やりっぱなしで個人情報そのまんまにしとくのよくないよ」
「あ、はい…少しだけ、横になろうと思って」
「寝てないの?」ではなく「寝られなかったの?」と聞かれたことに、ズキっと金治の胸が痛む。原因を知っているからこその質問だろう。
「このココア、初めて飲んだ。マジ甘いね…。ま、でもあたしも小菅くんの引き継ぎとかで疲れてたからいいや。一応同じチームだからね、先輩としてはやっとかないと」
金治にチラッと視線が送られる。
その視線を感じ、また「小菅くん」の名前が出たことで「マジで甘い」はずのココアの味が金治にはわからなくなった。