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つまみぐい
【その他 官能小説】

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のぞかれた家政婦-3


「お口に合うかどうかわかりませんけど、どうぞ召し上がってください」
 自信なさげにかほりが言うと、利文は箸を指に挟んで一礼し、「いただきます」と言って味噌汁に口をつけた。具は豆腐とわかめしか入れていないが、煮干しから丁寧に取った出汁は手間暇かけたつもりでいる。
「おいしい」
 利文の口からこぼれた第一声に、かほりはようやく救われたような気がして胸を撫で下ろした。安心して思わず涙が出そうになる。
「この卵焼きもおいしいです」
「良かった」
 かほりは目を潤ませた。誰にも見られたくない涙だ。
 気が付くと、いつの間にかティッシュを差し出す彼の手が目の前にあった。彼はひたすら朝食を食べている。焼き魚やおひたしも好評のようだ。
「ありがとうございます」
 ティッシュを受け取り、かほりは目頭を拭った。人の優しさを身近に感じられるのが家事代行サービスの良い点なのだとあらためて思った。
 朝食のあと、かほりは利文と少しだけ話した。元々家事が苦手だったので、それを克服する為に家事代行を始めたのだとかほりが告白すると、利文は真面目な顔で頷きながらずっと耳を傾けてくれていた。
「大したもんだ。僕なんか目玉焼きだって上手に作れないのに」
「私だってまだまだです。会社勤めをしていた頃は、花嫁修行もろくにしないで遊んでばかりでしたから」
「へえ、意外ですね。でも逆に親近感が湧きました」
「湧いちゃいますよね」
 砕けた感じになり、かほりは口に手を添えてくすくす笑った。利文の人柄にも好感が持てるし、ときめきに似た感情が胸に迫ってくるのを止められなかった。
「愛原さん」
 彼がかほりの目をのぞき込んでくる。
「はい、なんでしょう?」
「ちょっとだけ留守番を頼んでも良いですか? と言うのも、これから外で人と会う約束をしてるんです。午後には戻れると思うんですけど」
「喜んでお引き受けします」
 かほりはよどみなく言った。留守番の他にもやるべき仕事がたくさんあるからだ。料理は得意だが、掃除や洗濯に関してはまだまだ要領の悪いところがある。
「ただし、僕の部屋には一歩も入らないで欲しいんです」
 と、利文が念を押してくる。
「いやその、変な意味じゃなくて、勝手にあちこち触られると仕事に支障が出るというか、大事な書類とかも置いてあるので」
「わかりました」
 まさか鶴の恩返しでもないのに──と思いながらもかほりは承知したふうに返事をした。他人の家である、勝手な行動は慎まなければならない。
 玄関で利文を見送ったあと、かほりはさっそく家事に取り掛かった。保温効果のある肌着のおかげで体はぽかぽかと温かく、腰に忍ばせたカイロも寒さを和らげてくれている。
 拭き掃除をしている最中、ふと手が止まる。離れのほうに目を向けると、利文の台詞が耳によみがえってきた。
「僕の部屋には一歩も入らないで欲しいんです」
 彼はそう言っていたが、果たしてどんな仕事をして生計を立てているのか、かほりには興味があった。むしろ彼という人間そのものに惹かれつつあった。
 スマートフォンで時刻を確認する。まだ正午にもなっていない。卓袱台に布巾を放置し、離れの部屋の様子を見に行く。庭に面した窓はカーテンが閉まっていて中が見えなくなっていた。
 仕方がないので玄関側にまわってドアノブに手を掛けた。すると……。
「あっ」
 かほりは声を漏らした。拍子抜けするほどドアが簡単に開いたのだ。でも、禁断の扉を開けてしまったという後ろめたさが急速に込み上げてきて、これはいけないことなのだと自分自身に言い聞かせる。
「ごめんくださーい」
 母屋のほうから声がする。誰か来たようだ。我に返ったかほりは慌てて部屋の中に身を隠し、その何者かが去るのをじっと待つことにした。ただでさえ女気のない家に見知らぬ女性が上がり込んでいると思われでもしたら、それこそ面倒だ。
 やがて人の気配がなくなると、かほりはドアに背中をあずけて安堵の吐息をついた。そして目の前に広がる光景に甘い動悸をおぼえ、整然とした室内の至るところに視線をはしらせる。


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