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つまみぐい
【その他 官能小説】

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のぞかれた家政婦-2


 天馬日出子の話によれば、息子の利文は離れの部屋に缶詰めになって一日中仕事をしているらしい。しかも独身で、浮いた話の一つも聞かないという。
 とにかく、まずはその息子に会って挨拶をしておかなければならない。母屋を出たかほりは庭の石畳を渡って離れの建物に向かい、一つ深呼吸してから遠慮がちにドアをノックした。
「すみません、家事代行サービスの愛原と申します」
 ドアから距離を置き、反応を窺う。耳を澄ましてみると、中から人の声が聞こえたような気がした。朝の八時過ぎである、たった今起きたばかりなのかも知れない。
「おはようございます、天馬様はいらっしゃいますでしょうか?」
 まだ粘ってみる。すると……。
「あ、ちょっと待って。すぐに開けます」
 何やら慌てふためく声がドア越しに聞こえた。もしかしてお邪魔だったかな──とかほりがおどけて待っていると、天馬利文なる人物が恥ずかしそうに部屋から出てきた。長身で肩幅もあり、いかにも寝起きですという顔には無精髭が目立つ。
「朝早くからすみません。お母様から聞いているとは思いますけど、私、家事代行スタッフの愛原と申します」
「と言うと、お手伝いさん?」
「そうとも言います。お客様のご希望によって業務内容も変わってきますが、こちらでは利文様のお世話をして欲しいとお母様からうかがっております」
「僕のお世話だなんて、ちょっと大袈裟だなあ。愛原さん、でしたっけ?」
 はい、と言ってかほりは目を丸くした。
「せっかく来ていただいたのに申し訳ないけど、お手伝いさんのお世話になるほど僕も困ってないんです。見ての通り、もう四十を過ぎたおじさんなんでね」
「ですが、お代金の支払いも済んでいますし、何かお役に立てることがあると思うのですけど」
「参ったなあ」
 利文は後頭部に手をやって口を曲げた。セールスお断り、とでも言いたげな顔だ。
「じゃあ、冷蔵庫に入ってる材料で適当に朝飯でも作っておいてよ。着替えが済んだらそっちに行くから」
 そう言うなり利文はドアの向こうに消えた。そんな彼の態度がかほりは気に入らない。適当に朝飯を作れとは相手に対して失礼ではないか。
 ぷりぷりと腹を立てながらもかほりは母屋の台所に戻って調理器具を確認すると、冷蔵庫の中身を一瞥しただけで瞬時に朝食の献立を考えた。結婚してまだ三年も経っていないが、独身の頃に磨いた料理の腕には自信がある。
 次々と出来上がっていくおかずを食卓に並べ、箸を一膳とご飯に味噌汁、最後に湯飲み茶碗を置いて一息ついた。
「あっ」
 今思い付いたことがあった。そういえば彼の苦手な食べ物を訊くのを忘れていた。社員の心得にもきちんと記述されていることなのに、痛恨のミスだ。
 がっくりと肩を落としたかほりは固い表情のまま離れの部屋を訪れ、閉ざされたドアに向かって細々と呼び掛けた。
「あのう、朝食の準備が出来ました」
 いくら仕事と言えども男性の部屋を訪れるのはやっぱり緊張する。
 手持ち無沙汰にドアの外でしばらく待っていると、着替えを終えた利文が不機嫌そうにあらわれ、「ありがとう」とだけ言ってかほりの横をすり抜けて行った。言うまでもなく印象は最悪だった。


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