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つまみぐい
【その他 官能小説】

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のぞかれた家政婦-1




 その女性の名は愛原かほりと言った。申し分のない容姿は薄化粧をしただけでさらに映え、二十八という年齢で手に入れたのは大人の落ち着きと少女を思わせるまばゆい笑顔、それと栗色に染めた明るい髪である。
「ごめんください、家事代行サービスの愛原と申します」
 大きな屋敷の門の前で呼び鈴を鳴らし、かほりは事務的に名乗った。だが応答がないのでふたたび呼び鈴を鳴らすと、今度は家の中で人の動く気配があった。留守でなくて良かった。
 ふと、メジロの鳴き声が聞こえたので庭先に目を向けると、人の背丈ほどの寒椿が色鮮やかな花を咲かせていた。赤と緑の色彩がとても綺麗で心が和む。
 ほどなくして玄関のドアが開き、白髪の老婦人が上品な顔をのぞかせた。
「まあ、いらっしゃい。電話でお願いしていた家政婦さんね」
 背筋の伸びた老婦人は目を細めてお辞儀をよこしてきた。かほりも倣ってお辞儀を返す。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。それにしても可愛らしいお嬢さんだこと。愛原さんは結婚していらっしゃるの?」
「ええ、まあ」
「あらそう、それは残念ね。うちの息子のお嫁さんにどうかと思ったのだけれど」
「申し訳ありません」
 おしゃべりに付き合うのも仕事のうちと割り切って、かほりは営業用の笑顔を繕った。でも気温が低くて頬が突っ張るのでどうしても表情が固くなる。
「おそれいりますが、家の中を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
 かほりが言うと、老婦人は思い出したようにおしゃべりを中断して右手を扇いだ。
「ごめんなさい。あなたがあまりにも素敵なお嬢さんだったから、つい」
 おそらく悪気はないのだろう。かほりは沓抜(くつぬぎ)にブーツを揃えて家に上がらせてもらうと、話し足りなさそうな老婦人の案内でキッチンやリビングを見せてもらうことにした。築年数はかなり経っているようだが古い感じはしない。むしろそこに価値があるように思われた。
 契約内容を確認するためにかほりはバッグから書類を取り出した。契約者の欄には「天馬日出子」とある。老婦人に確認したところ、天馬日出子は自分だと言った。
「天馬様、本日の業務内容についてもう一度お伺いしたいのですが」
「そうね。簡単に言えば、息子のお世話をして欲しい、ということになるかしら」
「息子さんのお世話、ですか」
「じつはこれから婦人会の旅行に出掛けるのだけど、私が居ないあいだにこの家の管理をあなたに任せたいのよ。あの子、お料理も掃除もまるでできないから」
 事情を聞いたかほりは天馬婦人の息子の年齢について考えた。若く見積もっても四十歳は過ぎているだろうから、もう自立できる立派な大人ではないか。なのに未だに年老いた母親を頼っているというのは甘えが過ぎる。
「利文」
 と、日出子は言った。
「えっ?」
「あの子、利文っていうの」
「ああ、利文さん……ですか」
 どう応えて良いのかわからず、かほりは曖昧に相槌を打った。わざわざ高額な家事代行サービスを利用しなくても、親戚や隣人などを頼るという選択肢はなかったのだろうか。
「あなたになら安心して任せられるわ。それじゃあ利文のこと、お願いね」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
 日出子を門の外まで見送ったかほりは、言葉に言い表せない胸騒ぎをおぼえつつも天馬邸の高い屋根を見上げ、会社から支給されたエプロンの紐をきつく結び直した。


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