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つまみぐい
【その他 官能小説】

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怪盗少女に気をつけろ-1




「怪盗プリマヴェーラ、今日という今日は許さんぞ!」
 くたびれた背広を着た長身の男が、拡声器で警告を発しながら溢れる人波を掻き分けて通りを疾走している。
 彼の名は源氏五郎──市民からは「ゲンゴロウ」の愛称で親しまれている正真正銘の刑事である。
 その鋭い視線の遥か先に、白いセーラー服風のコスチュームを身に纏った少女が小悪魔っぽく舌を出すのが見える。
 膝丈のスカートがひらひらしているのでやたらめったら気が散るが、源氏五郎は職務を果たすために雑念を吹っ切って全速力で追いかける。
「このあたしを捕まえようなんて、一億年早いんだから」
 プリマヴェーラを名乗る少女は、独り言をつぶやくように言ってから後方に向かって微笑んだ。無能な刑事のことなどただの遊び相手としか思っておらず、軽やかな身のこなしで挑発のポーズをばっちり決める。
「待てー!」
「待ちませーん」
 青空マーケットで賑わう広場で繰り広げられる前代未聞の鬼ごっこ。圧倒的な運動神経の持ち主であるプリマヴェーラがテントの屋根から屋根へ飛び移れば、国家公務員を舐めんなよと言わんばかりに源氏五郎も万国旗のロープによじ登る。
 眼下の民衆の誰しもが好奇の視線を二人に浴びせており、中にはプリマヴェーラの熱狂的な男性ファンもいたりして、騒動の行方を見届けるために携帯電話のカメラ機能で撮影する人が後を絶たない。
「んもう、あなたもしつこい人ね」
 盗撮対策にアンダースコートを穿いているプリマヴェーラはテントの屋根に仁王立ちすると、ぴちぴち新鮮な生脚を披露したまま源氏五郎に文句をぶつける。未成年の女の子を追いかけ回すなんて悪趣味としか言いようがない。
「世界の果て……いや、地獄の果てまで追っていくからな」
「だからそれが迷惑だって言ってんの。そもそも地獄に知り合いなんていないし、天国に行く予定もまだありませんよーだ」
「くそっ、口の減らない小娘め。まあいいだろう。せいぜい今のうちに粋がっておくんだな」
「何よ、いかにも勝算があるような口振りね」
 ちょっとだけ動揺したプリマヴェーラは片方の眉を曲げて後退りした。学校の女子バスケット部で主将を務めてはいるが、それとこれとは話が違う。相手はあらゆる修羅場をくぐり抜けてきたベテラン刑事だ。一ミリたりとも油断はできない。
「黙ってないでなんとか言いなさいよ」
 源氏五郎が不気味な沈黙を続けているので、人気沸騰中のプリマヴェーラもさすがに不安を隠せない。
「仕方がない、それじゃあ俺様のほんとうの姿を見せてやる。言っておくけど絶対に瞬きするんじゃないぞ。いいな?」
「うーん、どうしよっかなあ」
「つべこべ言わずに刮目しろ!」
「はいはい」
 まったく面倒臭いなあ、とか思いつつもあどけなさの残る両目を見開いて源氏五郎と対峙するプリマヴェーラ嬢。
 その直後のことだった。源氏五郎が自らの下顎に指を掛けて覆面を剥がすような仕草をすると、皮膚の下からもう一つ別の顔があらわれたのである。
「あ、あなたは、黒い天使?」
 プリマヴェーラは声優さん顔負けの可愛らしい声でその名を口にした。
 対する黒い天使は源氏五郎のマスクを放り投げて嫌味なほどハンサムな微笑を市民たちにばら蒔いた。


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