投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

つまみぐい
【その他 官能小説】

つまみぐいの最初へ つまみぐい 15 つまみぐい 17 つまみぐいの最後へ

愛しいマスコット-4


 人事部の岡部による研修は、おおむね予想通りの退屈な内容だった。果歩を始めとする新入社員たちは皆、あくびを堪えるのに一生懸命で話半分なのだが、倉木だけは真面目に顔を上げて話を聞く姿勢をくずさないでいる。
 とりあえず午前中は我慢しなきゃ、と果歩は背筋を伸ばして岡部の真ん丸い顔を見た。七福神の恵比寿さまみたいな優しい顔立ちをしているので悪い人には見えないが、最前列に座っている女子社員たちを物色する視線にはどこか陰湿な光が潜んでいて、話が脱線する場面も何度かあった。
 そんなに女の子の脚が見たいのかしら──と果歩は理解に苦しむ異性の行動を冷静かつ慎重に分析していた。スカートの奥を盗み見るような岡部の視線を感じるたびに、そんなに見たいのならランジェリーショップに行って好きなだけ眺めていれば良いのに、と思う。ただし「職務質問」というおまけ付きにはなるが。
「職場に於いてハラスメントの疑いがあると感じた場合には、直ちに同僚なり上司なりに相談して欲しい。決して一人で抱え込まないように」
 と、岡部が言ってもまるで説得力がなかったが、弱い立場の女子社員たちはとりあえず黙ってうなずいていた。
 昼休みを挟んで午後からも研修は続いた。そして初日のスケジュールがすべて終了した夕方、果歩は女子更衣室で自分のロッカーを開けてふと違和感をおぼえた。きちんと鍵を掛けておいたはずなのに、服や荷物の位置が微妙にずれているような気がする。
 おそるおそるバッグに手を伸ばして中身を確認すると、見覚えのない包み紙が入っていた。これは一体なんだろう……。
「お疲れさま」
「あっ、お疲れさまでした」
 ほかの女子社員たちが帰ったところを見計らい、果歩はその怪しい包み紙をゆっくり開けてみた。すると……。
「きゃっ!」
 果歩は包み紙の中身を見て小さな悲鳴をあげた。それは、女の子がオナニーをするためのいかがわしい玩具だった。ピンクローターが一つ、大きいサイズのバイブが一つ。どちらも買った記憶なんてないのに、自分のバッグに入っている意味がわからない。
「どうしてこんなものが……」
 知らないあいだに誰かが女子更衣室に忍び込んで置いていったとしか思えなかった。では一体誰が、どんな理由で置いていったのか。
 人事部の岡部の顔が真っ先に浮かんだ。これで犯人の目星はついたけれど、どうにかしてこの不気味な「贈り物」を処分しなければならない。
 その時、女子更衣室内に終業を知らせるチャイムが鳴り響いた。残業を切り上げて帰宅しましょう、という意味のチャイムだと岡部に教わったばかりだった。
 仕方がないので今日のところはローターとバイブを持ち帰ることにした。着替えを済ませ、荷物を提げてロッカーを施錠する。
「クッキー、お家に帰ろっか」
 持参してきたクマのぬいぐるみに向かって果歩は親しげに話しかけた。もちろんクッキーは返事をしない。目も鼻も口も耳もあるけれど、ぬいぐるみだからしゃべれない。
「あれ?」
 クッキーの異変に気づいて果歩は首をかしげる。ちょうど右のほっぺのあたりに赤い染みのような汚れが付いている。朝にはなかったはずなのに、どういうことだろう。
「この赤い染み、どこかで見たような、見なかったような……」
 クッキーを両手で抱き上げてその汚れをまじまじと見ながら推理力をはたらかせる。何か重要なことを見落としているような気もするし、とくべつ大したことではないような気もするし、どっちつかずの中途半端な気持ちはいつまで経っても正答をもたらしてはくれなかった。
「ま、いいか」
 切り替えの早い果歩はけろっとして帰宅の途に就いた。
 


つまみぐいの最初へ つまみぐい 15 つまみぐい 17 つまみぐいの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前