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つまみぐい
【その他 官能小説】

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花蕾の滴り-4


「とりあえずここで待っていてください」
 そう言って少女に通されたのは応接室らしき部屋だった。ゆったり座れるソファーに腰を下ろし、室内に配置された調度品や家具などを物珍しそうに眺める。
 磨き上げたテーブルは舶来品だろうか、適度な光沢がなかなか渋い。秒針の小気味良い音を刻んでいるのは壁掛けの大きな時計だ。油絵の日本画もある。
 そこから視線を下げたところにトロフィーと表彰楯が飾ってあった。この家の主人のものか、あるいは先ほどの少女の……。
「それ、私のです」
 その声に反応して振り向くと、コーヒーとお菓子の準備を終えた少女が部屋に入ってくるところだった。
「こんなに賞をもらえるなんてすごいね。何かのコンクール?」
「フルートです」
 なるほど、さっき聴こえていたのはこの子のフルートの音色だったのか。どおりで上手いはずだ。
「君のほかに家の人は?」
 コーヒーカップに手を伸ばしながら少女に訊いてみた。
「父がいます。そういえば車が故障したんでしたよね?」
「うん、あれが動いてくれないと帰れないんだ」
 すると間もなく口髭をたくわえた一人の紳士がやって来て、「ようこそいらっしゃい」と歓迎の握手を求めてきた。年齢は自分と同じく五十手前といったところだろうか、首が太くていかにも山男らしい体格をしている。
「すみません、おじゃましています」
 こちらも握手で応じた後、とりあえず自己紹介をしておいた。
「橘といいます」
 続いて彼らも名乗った。紳士のほうはコレナガと言った。おそらく「是永」という字を書くのだろう。
「おまえもきちんと挨拶しなさい」
「はい、お父さま」
 まるで貴族のような父娘のやり取りがあって、少女が名前を告げる。
「アヤメです」
 良い名前だ。勝手な想像で「綾女」という字を当て嵌めておいた。
「橘さん、とおっしゃいましたね?」
 是永氏がたずねる。
「はい」
「話は娘から聞きました。なんでも、幻の桜について調べておられるとか」
「ええ、道の駅でたまたま耳にした話だったんですけど、さっき偶然にも見ることができました」
「まだ満開ではなかったでしょう?」
「そうですね。でも、とても貴重な経験ができたと思っています。こうしてあなた方と出会えたことも含めてですけど」
 是永氏は、うんうんと感心したように首を上下させた。彼の娘も口元に笑みを浮かべている。ほんとうに可愛らしい少女だ。父親との仲も良さそうだし、同じく子を持つ親としては羨ましいかぎりである。
「車のほうは心配いりません。こちらで修理しておきますので」
 そう言って是永氏がソファーから立ち上がる。そして娘を呼んでひそひそと耳打ちすると、「どうぞ、ごゆっくり」とこちらを一瞥して部屋を後にした。
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げたのちに顔を上げると少女と目が合い、彼女の様子がおかしいことに気付く。頬に赤みが差し、目の焦点が合っていないのである。
「おじさま、私たちも行きましょう」
「行くって、どこへ?」
 話が飲み込めず立ち尽くしていると、少女は凛とした姿勢でこう言った。
「父のアトリエです」


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