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つまみぐい
【その他 官能小説】

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花蕾の滴り-1




 勤続二十年目に付与される長期休暇を利用して、久しぶりの温泉旅行に出掛けることにした。どうせなら人里離れた山奥の、秘境と呼ばれる場所まで足を延ばして自然を満喫したい。
 いつだったか、うまいジビエ料理を食わせる宿があるとの噂を耳にしたが、はて、あれは一体誰に吹き込まれた話だったのだろう。橋本か、いや宮田さんだったような気もするが、とにかく風の向くまま気の向くままに、リフレッシュを兼ねた大人の一人旅を決行したのである。
 当日の天候はすこぶる良好だった。中古で買った愛車のご機嫌がどこまで持続するかは不明だが、いざとなったらお互い様だ、ヒッチハイクで乗り切るかなどと都合の良いことばかり考えていた。
 二月下旬ともなれば寒さもいくらか和らいで過ごしやすい。とはいえ、針葉樹の山にはまだ点々と雪が残っているし、スリップするおそれのある冬の道を走行するのはかなりしんどい。いやはや、燃費の悪さは人も車も同じなのである。
 道の駅まであと五キロ、との看板が見えてきた。そういえば小腹が空いたし喉も渇いている。カーナビを搭載していない車なので、ほとんど行き当たりばったりの適当な旅だが、このまま進めば迷うことはないだろう。
 間もなく目的の道の駅に到着し、駐車スペースに車を停めて真っ先にトイレへと向かう。小用を足して外に出ると、ベンチと灰皿を設置しただけの喫煙所を見つけた。
 と、まずは一服。缶コーヒーを片手に、のどかな風景を眺めながら時間をかけてぷかぷかと紫煙を吐き出す。このひとときが心地良いのである。
 道の駅って誰が考えたのだろう、と歩きながら感慨に耽る。素朴な佇まいも去ることながら、地元の農家で作られた新鮮な野菜や果物が安く買えるし、その土地でしか味わえない郷土料理には否が応にも食欲をそそられる。
「すみません。ええと、天ぷらうどんを一つ」
 散々悩んだ挙げ句、いちばん無難なうどんを注文してから席に着いた。数あるお品書きの中からどれか一つに絞るのは、なかなか難しいものだ。
「お待ちどおさま」
 ほどなくしてはこばれてきた天ぷらうどんに箸を付けながら、店内に置いてあった観光案内のパンフレットにつらつらと目を通す。
 なるほど、どうやらこの辺りでは桜の開花に合わせた春祭りを四月にやるらしい。今はまだ桃や梅の時季だから、もうちょっと先になるか。惜しいことをした。
「お客さん、もしかして東京の人?」
 先ほどの女性従業員がお茶のおかわりを注ぎにきて、地元訛りのお愛想で話しかけてきた。
「ええ、まあ」
 違いますと言うのも野暮な気がしたので、とりあえずうなずいておいた。
「何にもないところですけど、毎年、春のお花見シーズンだけは賑わうんです」
「へえ、そうなんですか」
 日本各地から観光客がおとずれ、桜が満開を迎える頃には人や車でかなり混雑するという。よし、四月になったら会社の連中を誘って大勢で来てみるか。
「そうそう、桜といえば、季節外れの花を咲かせる桜の木がありましてねえ」
 と女性従業員。聞き捨てならない話だった。運が良ければその桜を拝めるかもしれないし、思わぬ収穫に胸が躍る。
「その話、もっと詳しく聞かせてもらえませんか?」
 聞けば、地元の人でも滅多に見られない幻の桜だという。樹齢なども不明で、噂では山の神が宿るとも言われているらしい。いささか信じがたい話ではあるが、一見の価値はありそうだ。
 さっそく車に乗り込み、エンジンをかける前にロードマップを広げた。どれどれ、ははあ、ここからだと車で約一時間くらいの距離か。いや、土地勘がないからもっと時間を食うおそれがある。
 頭の中であれやこれやとシミュレーションを繰り返し、食糧を買い足してから峠越えに挑むことにした。
 
 

 

 
 


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