dream・road〜scene-3rd-6
ダニーは明日の店の準備のために先に病院を後にし、龍矢とマリアは夜のニューヨークを二人で歩いていた。
ふと空を見上げると、そびえる摩天楼からの光が、夏の熱気と海岸から吹く湿気を帯びた風によって淡く輪郭をぼかされている。
アメリカに来たばかりの頃は、この摩天楼のそびえる空が自分の夢の象徴のような気がして、毎日飽きもせずに見上げていた。しかし、今の龍矢の目にはただの無機質な高層ビルにしか見えなかった。
「タツヤ」
龍矢が高層ビル群を眺めていると、横を歩いていたマリアが龍矢に話しかけた。
「どうした?」
「……タツヤ、タツヤは皆の夢とか希望を持ってるんだよ。だから、龍矢の辛い思いや悲しい思いはボクが持ってあげる」
「マリア……」
「だから、そんな悲しいしないで。ほら、スマイルスマイル!」
マリアは人前に立つ職業をやっていたせいか、人の心情を読み取る能力に長けていた。
彼女なりに龍矢を励ましているのだろう。龍矢はこのマリアの性格に惹かれたのだ。
「そうだな…じゃあ笑いながら帰るか?」
「けど、それじゃあタツヤが変質者と思われちゃうよ」
「一言余計だ」
龍矢の心の中のなんともいえないわだかまりは、マリアのおかげで消えていた。
(マリア、ありがとう……)
龍矢はマリアの気遣いに深く感謝しながら家路についた。
一週間後、龍矢とダミアンの試合は四ヶ月後の十二月二十三日に決まった。
ダミアンとの試合が決まり、龍矢は自分のモチベーションが日に日に高まっているのが分かった。
ジムへと着いた龍矢はリングの上に奇妙な光景を見た。
「……なにやってんだ?ミゲル」
「リングに上がれ」
そこには、トレーナーのミゲルがパンチを受けるミットではなく、グローブをはめて立っていた。
何がなんだかわからないが、龍矢はとりあえず言われた通りに準備をしてリングに上がった。
「なぁミゲル、何をやろうってんだ」
「……俺の顔に向かって右ストレートを撃ってみろ」
「は!?ミゲル、あんた片目が……」
「舐めんじゃねぇ。両目でいる時より片目でいた時間の方が長いんだ。心配はいらない」
龍矢はミゲルの体を見やった。いつもはジャケットや上着で隠されているが、シャツ一枚になったその体は現役の選手に劣らず、六十年以上生きた男の体には見えなかった。