dream・road〜scene-3rd-3
「あいつはスラム(貧民街)の生まれらしい。極限とも言える飢えといつ死ぬかも分からない危険。それが奴を強く、逞(たくま)しく叩き上げたんだ」
龍矢は率直に疑問をぶつけた。自分の望み通りの答えが返ってくるのを信じて。
「今度の試合、どっちが勝つと思う…?」
ミゲルは即答した。
「勝つのは……」
二ヶ月の時は流れ、カイの試合当日になった。
試合開始まであと一時間程、今は前座の試合が始まっているだろう。
しかし、龍矢はまだ自分の部屋から出ていなかった。ここからだと、あと十分程で出ないとカイの試合に間に合わない。だが、龍矢の足は動こうとしなかった。
「タツヤ、行かなくていいの?私なら大丈夫だよ」
「あぁ……」
龍矢に話しかけた女の子の名はマリア・セレンス。前までは近くのシアターでダンサーをしていたが、龍矢の子を授かった今は大事をとって休業している。
今はもう妊娠して六ヶ月目ということもあり、お腹も妊婦特有の丸みを帯び始めている。
「なんか……なんか嫌な予感がするんだ。どうしようもないくらい」
「タツヤ……」
「崩れちまう気がするんだよ。俺たちの……」
「俺たちの?」
龍矢はそこまで言いかけると、部屋を出た。言ってしまうと現実になりそうだったから、それにマリアに心配をかけたくなかったから。
「カイ……!」
龍矢は自然と駆け出していた。
試合会場に着くと、龍矢は一目散に廊下を突き進んだ。スポットライトの光が段々と強くなっていく。龍矢はスピードを緩めることなく客席へと踊り出た。
そこは別世界だった。誰一人として声を出していないのだ。静寂が支配する世界、その原因はリングの上にあった。
「カイ!!」
リングに横たわるのは自分が闘うはずだった戦士。
その姿を眺めるのは、肩まで伸びた長髪を一つにくくっている黒髪の男。
龍矢はなにも考えず、ただリングに上がっていた。会場内が微かにどよめく中、龍矢と黒髪の男の視線が合う。黒というよりは茶色い肌。その口元にはおよそ人とは思えぬほどの笑みが浮かんでいた。