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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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悪魔-1


 ――ディーナの父が働いている最中に倒れて亡くなり、病弱な母も床から起き上がれなくなった頃から、母の従姉だという人……バロッコ夫人は、よく家に来るようになった。

 母と同じくこの村で、ごく普通の庶民家庭に育ったという夫人は、三つ離れた村の大きな農場主と結婚して、今ではすごくお金持ちらしい。
 少しキツイ眼差しをした綺麗な夫人は、いつも豪華なドレス姿で、宝石の指輪やネックレスを眩しく光らせ、帽子にも羽飾りをつけていた。

 母を見舞いに来るたびに、夫人は瑞々しい果物や新鮮なお肉を差し入れてくれたし、ディーナにも欠かさずチョコレートを持ってきてくれたものだ。

 子どものディーナにはよく事情が解らなかったが、父が亡くなる少し前から、急に家はお金に困るようになり、お菓子なんて随分とご無沙汰だったから、すごく嬉しかった。
 けれど……綺麗にお化粧をした顔に笑みを浮かべて、チョコレートを差し出してくれる夫人が、幼いディーナはなぜか怖く思えてしかたなかった。

 それを母には言えなかったのは、彼女が来るのを、母がとても喜んでいたからだ。
 両親は村の人達にとても好かれていたから、父が亡くなり母も働けなくなっても、皆の助けでなんとか暮らせていた。

 それでも母は、従姉である夫人の訪問を心待ちにし、彼女からもらえる高価な差し入れ品よりも、訪問して貰えること事体が嬉しいようだった。
 詳しくは教えて貰えなかったが、近所のおばさんが言うに、母と夫人はとても仲の良かった従姉妹同士だったのに、昔にあることで仲違いをしてしまったらしい。

 あの日も、ディーナが大人同士の話を邪魔しないようにと、廊下でチョコレートを舐めていると、立てつけの悪い扉の隙間から、母の涙交じりの声が聞えてきた。

『あの人との事で、貴女には嫌われてしまったとばかり思っていたわ……』

『昔の話じゃない。あたしも今はバロッコに嫁いで、裕福な暮らしをしているし……それよりも、約束どおりにディーナは引き受けるから、安心なさいよ』

 よく意味が解らなかったが、自分の名前が出てきたことと、いつもと様子の違う母の声が気になって、扉の隙間からそっと室内を覗いてしまった。
 横たわった母が、穏やかな微笑を浮かべて眼を閉じている。
 美しい顔は青白くやつれていたが、こんなに穏やかで安心したような母の顔は、父が亡くなってから初めて見た。

 見慣れた薄暗い母の寝室は、奇妙なほど静まり返り、大切な人がまたいなくなったのを、どこかで感じ取った。
 寝台脇の椅子に座り、母の細い手を握っていた夫人は、じっとその寝顔を眺めていたが、ふいに真っ赤な口紅を塗った唇をニンマリと歪めた。

『もう眠ったの? もっと長く苦しめば良かったのに……でも、これで済ませはしないよ』

 微かな笑い混じりの声は身震いするほど恐ろしく聞こえ、息を引き取った母の傍らにいる女は、まるで煌びやかな衣装をまとった悪魔のように見えた。

『あの子は、小さい頃のアンタにそっくり。大きくなったら、もっと似てくるに違いない……本当に楽しみだねぇ』

 夫人は母の葬儀も全て取り仕切ったあと、ディーナを養女に引き取ると近隣に言い、辛い思い出を残さないためにと、母の衣服もディーナの玩具も、わずかな持ち物を全てそっくり売り払った。

 ディーナの両親が諸事情から負う羽目になった借金も、全て肩代わりした夫人を、村人達は口々に褒め称えた。彼女に引き取られるのを嫌がって泣くディーナに、孤児院に行くよりもずっと幸せになれるとなだめて送り出した。

 しかし、慈悲深い養母を演じていた夫人は、自分の村についた途端に本性を現した。
 形の上では養父母であるバロッコ夫妻のことは『奥さま』『旦那さま』と呼ぶように命じられ、ディーナは悪魔のような夫妻の元で酷使される、地獄のような日々が始まったのだ……。


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