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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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武具の代金-2


「や……そうじゃなくて……」

 上を向いて鼻を押さえながら、リアンが気まずそうに視線を泳がせる。

「ディーナに見送られるって……なんか、こう……役得すぎて……新婚っぽいなぁって……」

「……はい?」

 意外すぎる返答に、ディーナはポカンと間の抜けた声を発してしまう。
 そんなディーナを横目で眺め、リアンが心底情けなさそうに呻いた。

「とりあえず、タオルと雑巾だけ貸してくれる? ……それから、仕事はきっちりやるから、安心してよ」

―― こんな騒ぎを起こして出かけたリアンだが、お使いは驚くべき速さで済ませてきた。ディーナが台所のを片付けと床掃除を終えた頃には、もう帰ってきたのだ。

 どうやら人狼たる彼は、人間の少女が片道一時間近くかけて歩く道のりを、はるかに短い時間で駆けてきたらしい。

「ただいま!」

「お、お帰りなさい……」

 また鼻血を噴かれたらどうしようと、ディーナは若干ドキドキしながら出迎えたが、幸いにも流血惨劇は起きなかった。

 ……しかし、息も切らせず駆けてきたリアンは、ディーナを見た途端に顔を赤くしてゼーハーと深呼吸を始めたから、もしかしたら危ない所だったのかも知れない。

 カミルが鍛冶場に篭っている今、台所には大きく開かれた窓から、明るい陽光が差し込んでいる。
 その明るい陽射しの中、気を取り直したらしいリアンは、バスケットから一つずつ品物を取り出しては、テーブルに乗せていった。

 こんなに速く駆けてきたのに、バスケットの中でミルクは一滴も零れず、卵も全部無事。買い忘れもなかった。
 そして最後に彼は、リストにはなかった棒つきキャンディーを二つ取り出した。

「これはパン屋さんから。ディーナへお見舞いと、俺にお駄賃だってさ」

「お見舞い?」

 首をかしげると、リアンはバスケットを指して笑いながら頭を掻いた。

「これ、ディーナのバスケットなのを、パン屋さんがすぐ気づいたんだ。アンタ誰だって、最初は不審がられたよ」

 彼の指先が、バスケットの端にくっついて揺れる、小さな黒猫のぬいぐるみを突っついた。

「あっ」

 思わずディーナは声をあげた。黒猫のぬいぐるみは、ディーナが物入れで見つけた古い端布で作ったものだ。
 赤い瞳には、カミルが鉱石を極小の形に加工してくれたものを縫い付けてある。
 ここでは仕事が多すぎることもなく、手際よくこなせば自由時間は結構できる。
 その時間の大半を、ディーナは読み書きの勉強に費やしたが、時にはこうした小物を作って楽しんだりもしていた。

「ごめんなさい。うっかりして……」

 ぬいぐるみを外しておくべきだったと謝るディーナに、リアンは笑って手を降る。

「大丈夫だよ。俺がカミルに武具を注文しているのは、隠す必要もないし。ちょうど、ディーナが足をくじいちゃったから、武具が出来るまで家事手伝いと使い走りをすることになったと説明しておいた」

 そこだけ口裏を合わせておいてよ、とリアンは快活に言った。

「解ったわ。ありがとう」

 ディーナは感謝を込めて言いながら、棒つきキャンディーの片方を受け取った。
 馴染みのパン屋さんに、バロッコ夫妻に関して余り知られたくはなかったから、リアンのつけてくれた口実は、とてもありがたい。

 短い木の棒の先にカエデ糖の塊をくっつけて、薄い紙で包んだ棒つきキャンディーは、パン屋さんでジャム類と一緒に並べられているものだ。
 透き通った琥珀色の塊は、パンと一緒に飲む紅茶に入れて甘味をつけてもいいし、勿論そのまま食べても美味しい。

「あのパン屋さん、すごく優しくて良い人なの。お得意さんの子どもが風邪を引いたなんて聞くと、必ずこれを、おまけに入れてあげるんだって」

 大柄で人のいいパン屋の店主を思い描きながらディーナが言うと、不意にリアンの顔から笑みが消えた。

「ごく普通に生きてく中でなら、優しくて良い人になるのは、案外簡単だよ」

 そう言った彼の声は、驚くほど冷ややかだった。

「リアン……?」

 驚いたディーナが見つめる中、リアンは自分の手にあるキャンディーを、じっと眺めていた。

「こういうのを素直に喜べない俺は、凄くひねくれているんだろうな。だけど、あの時……俺が本当に困っていた時に優しくしてくれたのは、ディーナだけだった」

 キャンディーに視線を留めながら、リアンが淡々とした声を紡ぐ。

「ディーナを最初に見た時、この子も酷い扱いを受けて弱ってるって、一目で解ったよ。俺は……こいつなら、怪我をしてても殺せそうだと思った。殺して、その手に持ってる食料を全部奪い取る気だった」

 その告白に、ディーナはショックを受けなかった。あの時のリアンの様子で、その思いはありありと感じ取れていたから。
 ディーナは静かに頷いた。

「うん。そうかもしれないと思った。でも、リアンは私から全部取ったりしないで、半分だけで満足してくれたよね」

 だから、気にすることはないと続けようとしたのだが、リアンは首を振った。

「それは、ディーナが自分でくれたからだ。びっくりしたよ……俺は泉から生まれてすぐ奴隷商に捕まって、ずっと人間は嫌な奴だけだと思ってた」

 彼は顔を上げて、とても真剣な眼差しをディーナに向けた。

「人間だけじゃない。一緒に捕まってた他の魔物たちだって、まだ小さかった俺から平気でメシを奪った。だから、ディーナに助けられたのが信じられなくて……あの時、この世界で初めて綺麗なものを見た」

 陽光をうけて、いっそう金色がかったリアンの瞳にじっと見つめられて、ディーナは自分の頬が熱くなるのを感じた。

「そっ、それは……嬉しいけど……ちょっと、大袈裟じゃないかと……」


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