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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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武具の代金-1

 ―― 数分後。
 ディーナは居間にて、目の前に立つカミルとリアンを交互に見あげていた。

「護衛、ですか?」

 今聞かされた事の内容がよく飲み込めず、思わず聞き返してしまうと、カミルが頷いた。

「そうだ。今から俺は、こいつの注文した武具を製作する。八日ほどは、鍛冶場に篭りきりになるだろうな。その間、こいつにお前の護衛と使い走りをするのを、代金に要求した」

 唖然としているディーナへ、カミルが無愛想な声で説明を続ける。

「バロッコたちが、ろくでもないことを企んでくるかもしれない。お前はしばらく街に行くな。買い物はこいつにやらせて、家の外に出るのも、こいつと一緒の時だけにしろ」

 同意を促すように、カミルから視線を向けられて、リアンが頷いた。

「そういうこと。俺だって良い武具が欲しいしさ。それに俺は元々、ディーナのためなら、何でもするからな! 遠慮なく用事を言ってくれよ」

 明るい声と共に、屈託なく笑いかけられて、ディーナはまだ驚きの残るまま、なんとか頷いた。
 同時に、胸の中がじんわり温かくなる。
 カミルはディーナをバロッコ夫妻から守ろうと、懸命に考えてくれたのだ。
 たとえ愛していなくても、お気に入りの小間使いとして、こんなに大事にしてくれる。
 それだけでも、もう十分すぎるではないか。

 握手をしようと、ディーナはリアンに片手を差し出した。 
 

「じゃぁ……宜しくお願いします」

「こっちこそ!」

 リアンがその手を取ろうとした瞬間、ディーナはカミルの腕に抱えられ、すばやく後に引き寄せられていた。

「旦那さまっ!?」

「武具製作の条件を、もう一度念押ししておくぞ」

 ディーナをしっかりと抱え込んだカミルが、赤い瞳を剣呑に光らせる。

「ディーナを確実に守れ。それと、どうしても必要でない時以外は、指一本触れるな」

「はぁ!? 握手も駄目とか、ケチくさっ!」

 リアンは思い切り鼻に皺を寄せて文句を言ったが、伸ばしていた手を引っ込める。

「これに関して妥協する気はない」

 カミルは素っ気無く言い、ディーナの耳元に唇を寄せた。

「お前も、自分が誰のものかを忘れるな」

 低い囁きに、ディーナの肩が僅かに震えた。
 今日は首にスカーフを巻いて、ブラウスの襟元では隠せない位置に刻まれた情交の証をなんとか隠したが、幾つもの赤い痕が、衣服の下で酷く疼いたような気がした。

「……」

 ディーナが無言で小さく頷くと、カミルはようやく腕を離した。そしてさっさと踵を返して、鍛冶場に入ってしまった。
 分厚い扉が固く閉ざされると、ディーナとリアンの取り残された居間には、シンと静けさが広がる。

(う……とりあえず、どうしたら良いんだろう……?)

 ディーナは恐々と視線だけを上げてリアンを見る。小柄なディーナには、カミルも十分に見上げる身長なのだが、リアンはそれよりも更に少し高かった。
 カミルの気遣いも、リアンが武具を無事に造って貰えることになったのも嬉しいが、昨日は彼に怒鳴ってしまったのだし、こうして二人きりにされると、急に気まずさがこみあげてくる。
 しかし、リアンはディーナと視線が合うと、ニコニコと満面の笑みになった。
 見れば、彼の髪からはヒョコンと狼の耳が突き出て、ブラシのような尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れている。

「何から手伝えば良い? これでも俺、料理や掃除なんかも一応できるよ」

「え、えっと……」

 その人懐っこさ全開の様子からは、小路でバロッコやカミルに見せた凶暴さなど、微塵も感じられない。
 ディーナはたじろぎつつも必死で頭を巡らせた末、お使い用のお財布とバスケットを急いで取ってきた。

「良かったら……お使いを、お願いしたいんだけれど……」

 バスケットには、夕べのうちに書き記した買い物メモも入っている。
 昨日はせっかく街に行ったとはいえ、とても市場に寄るどころではなかったから、本当は今日、食料の買出しに行くつもりだった。
 バロッコ夫妻にまた遭遇したら……と、不安はあったけれど、今度こそ負けないと、守り石を握り締めて決意していたのだ。
 それでも念のため、荷車を使わずバスケットだけで済むようにと、買う物は卵とパンにミルクなどと、あまり日持ちのしない物を最小限にしておいたのは幸いだった。
 これなら、リアンがこの街の市場で買い物に慣れていなくても、そうまごつかなくて済むだろう。

「了解!」

 リアンが嬉しそうに目を細めてバスケットを受け取った。狼の耳と尻尾が引っ込めば、彼はまた人間と見分けが付かない姿となる。

「すぐに戻ってくるから、ディーナもそれまで外には出ないようにしてくれよ」

 屈託のない笑顔と、溢れんばかりに好意の満ちたほがらかな口調を向けられて、混乱気味だったディーナの気持ちも落ち着いてきた。

「うん。待ってるね」

 ホッとした気分でディーナは微笑み、彼を送り出すべく片手を振る……と、

「っ……!!」

 パタパタッと、床に赤い液体が滴り落ちた。

「リアン!?」

 唐突に鼻から大量の血を垂らしたリアンの姿に、ディーナは髪が逆立つほど驚愕した。急いで駆け寄ろうとすると、鼻を押さえる手を真っ赤に染めたリアンは、後ずさりながら首をふる。

「ごめ……っ……大丈夫だから、近寄んないで……」

「でもっ! いくら旦那さまとの約束だって、急に具合が悪くなったなら……」

 それを介抱するのまで駄目なんてわけが、あるはずない。


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