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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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ガラス玉とダイヤモンド-1


 カミルは彩花亭を出てもすぐ帰路にはつかず、その足で街の小路や貧民窟に向かった。
 浮浪者たちが溜まり場にしている場所や、人目につきたくない者が好んで選ぶ安宿などを、影のようにスルスルと歩き回ったが、バロッコ夫妻の姿はどこにもなかった。
 人相が変わっていることも考慮したし、ディーナが絡まれたという小路の周辺は、特に念入りに探したものの、やはり見つけられない。

 夫妻の没落後、幾人かの金貸しが、したたかに逃げ回る彼らを探しているとは、小耳に挟んでいた。
 裏路地に詳しい連中にもいまだ捕まらないのだから、バロッコ夫妻は相当に悪運が強いのだろう。
 見つけたらその場で半殺しにして、あとは金貸し連中に引き渡せば、死体の始末も含めて手っ取り早く済むんだが……。 

 そこまでは都合よくいかないかと、カミルは嘆息する。
 ローブの袖に隠した手甲ナイフは、今夜は出番がなさそうだ。

 夫妻は見つからないものの、アルジェント貿易の配下らしき物騒な連中が、やたらと夜道をうろついているのが目に付いた。
 バロッコ夫妻の件を差し引いても、この街が日に日に物騒になっているのは確かなようで、代わりの手を打っておいてよかったと、カミルは内心で頷く。
 それでも念のために、市場の裏側なども覗いて夫妻を探したが、やはり見つけられないまま時間だけが経ってしまう。

 ようやく諦めてカミルが山の工房に戻ったのは、ちょうど日付の変わる時刻だった。
 頑丈な扉は、内側から魔道具で固く施錠されていたが、金具にはめ込まれた鉱石ビーズをカミルが人差し指で押すと造作なく開いた。
 この鉱石ビーズの鍵は、その指紋を覚えこませた者にしか開かない。そして現在、この家の扉を開けるのは、カミルとディーナだけだ。

 更に、一見はごく普通の古い石造りに見えるこの工房兼住居は、全体に守り石と同じ種類の魔道具で防御を施してあるので、要塞並の耐久度がある。
 随分と昔の話だが、武具製作を断られた金持ちが、逆恨みで工房を焼き討ちに来たこともあったので、安全には考慮しているのだ。

 内側からまた施錠をして、カミルは静まり返った暗い家の中を見渡す。ディーナはとっくに眠っているのだろう。

(思ったより、遅くなったな……)

 簡単に水を浴び、酒場や裏路地を歩くうちにこびりついた酒や煙草の匂いを落としてから、寝衣に着替えて寝室に入った。
 暗闇の中で、カミルの赤い瞳が寝台に横たわる者をしっかりと捉える。
 思った通り、ディーナは熟睡していた。
 それもなぜか、カミルの枕をしっかり抱えこんで。

 くるんと身体を丸めてスヤスヤ眠る可愛らしい姿を前に、カミルの喉が上下する。
 出がけにはつい、寝こみを襲うなどと言ったものの、頭が冷えるに従ってその気持ちは薄らいできていた。
 今日はあまりにも色々なことがありすぎて、ディーナは気絶までしたのだ。朝までゆっくり眠らせるに限る。

 それは、解っているのだが……。

 少しの間、カミルはディーナの寝顔を見つめながら、思案した。
 率直に言えば、今すぐ襲いたい。
 無防備に眠っている所を抱きしめて唇を重ね、目が覚め切らないうちから敏感な場所を責めたてて、快楽にむせび泣くまでドロドロに蕩けさせてやりたい。

「――はぁ」

 とても惜しいが、寝込みを襲うのはディーナがもっと元気な時にしようと、カミルは顔を逸らしてため息をつく。枕だけそっと取り返そうと、手を伸ばしかけた時だった。

「ん……だんなさま……すき……」

 目を瞑ったまま、ディーナが薄く開いた唇から微かな声を漏らした。抱きしめた枕を放すまいとするように、きゅっと身を縮めてますます力を込める。

「……おい」

 カミルは額に手を当てて呻いた。

 ―― これでも一応、努力はしているんだ。

 普段からディーナに対して、己が今ひとつ配慮に欠けているだろうことは重々承知だ。
 いくらカミルが、恋愛ごとに無縁な吸血鬼とはいえ、長らく世界を旅して他種族とも携わってきたのだから、仲むつまじい恋人同士の姿など、嫌というほど見てきている。

 ただ問題は、自分がそれを真似ようとしても、いまいち上手くいかないことだ。
 だからこそ、こんな時くらい……ディーナが傷つき疲れている時くらいは、せいぜい優しくなろうと、努力はしてみた。

 ……が、この姿を前にしては、無理のようだ。

 抱きたいという欲求を堪えきれず、とりあえず枕の分際で自分に成り代わっている布袋を、ディーナの腕からむしり取った。

「ふぇっ?」

 寝ぼけ声をあげたディーナに覆いかぶさり、そのまま唇を塞ぐ。
 じたばたと宙をかいている両腕を一まとめに押さえ、もう片手で顎を掴み口腔を深く貪った。


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