ガラス玉とダイヤモンド-2
「っぅ……ん……ふ……?」
濡れた音を鳴らして舌を絡め、弱い上顎も丁寧に舐めると、組み敷いたディーナの身体がビクリと跳ねた。
潤んだ瞳がぼんやりと開いたが、真っ暗でディーナからは何も見えないだろう。
「ぁ……だんな、さま……?」
「襲うと言っただろうが」
不安そうな声にそう答えると、強ばっていたディーナの身体からふっと力が抜けた。
「……は、い……」
押さえていた手首を離せば、カミルの首にスルリと両腕が回された。
まだ半覚醒のまま、意識がはっきりしないのか、ディーナがトロンとした声で呟く。
「だんなさま……わたし……がんばり、ますから……」
唾液に濡れた唇がカミルの頬を掠めて動き、ゾクリと走り抜ける恍惚に身が震えた。
「頑張る? 俺にご奉仕でもしてくれるのか?」
耳朶を食みながら、意地悪く囁いてやった。
てっきり、頬を真っ赤にして飛び起きると思ったのに、ディーナはくすぐったそうに身をよじりつつ、コクコクと頷く。
「ん、っ……やりかた……おしえて、ほしいです……」
「……」
文字通り、本当に息が詰まった。
このうえなく可愛らしい返答に、呼吸も出来ずに硬直したまま、カミルは口元を戦慄かせる。
衝動的に口づけようとした寸前、ふいにディーナがまた掠れ声を発した。
「さいしょに……約束、しました」
「……約束?」
一瞬、言われた意味が解らずに、鸚鵡返しに聞き返した。
「わたし……だんなさまに……一生けんめい、お仕えします……」
もう一度、息が詰まった。
ただし、呼吸も出来ないほどの嬉しさゆえだった先ほどとは、随分と違う。
冷たい衝撃に凍りついたところを、鍛冶用の金槌でぶん殴られたような気分だった。
「―――― ああ……そう、言ったな」
ディーナと初めて出会った日に、そう告げられたことが、ありありと脳裏に蘇る。
喉から搾り出した自分の声は、酷く冷えて固く強張っていた。
そのくせ、頭の中は妙に冷静になって、俺は何でこんな気分になったのか、冷めた目で分析したりしている。
原因は明らかで単純。
ディーナが告げた健気な理由が、カミルの欲しかったものではなかったからだ。
『好き』と、ディーナは今まで何度もカミルに告げてくれたから、どうやらそれを都合よく勘違いしていたらしい。
『愛している』そういう言葉と、同じ意味だと思っていたのだ。
実際、よく一緒の意味で使われるその二つの、どこがどう違うのか、カミルはよく解らない。
ディーナはカミルのことを『好き』とはっきり言って好意的な態度を示し、生き血や身体までも差し出してくれる。
それが 『好ましい雇用主へ、最初に申し出た契約の通りに、誠意をもって仕えている』 という意味だったとしても、何も問題はないはずだ。
むしろ、それ以上の何を要求するつもりだった?
愛は金で買えないものだと聞くが、ディーナに毎月銀貨4枚を支払って、その身体を買いながら、金では買えないものが欲しいなんてどうかしている。
いつのまにか、カミルはディーナを『愛している』つもりだった。
しかし、そもそも『好き』と『愛している』の違いもわからない者が、どうしてそれを説ける?
現に、ディーナが落ち込んでいようと優しい言葉の一つもかけられず、今もこうして自分の欲求を最優先しようとしていた。
そんな自分が、ディーナを愛しているだなんて、とんだ笑い種だ。
「っ……く……」
乾いた笑いがこみ上げて、引きつった喉を鳴らした。
価値の違いが解らないのなら、どちらでも良いではないか。光物をただ集める鳥が、ガラス玉でもダイヤモンドでも構わず満足するのと同然に。
自分には理解不可能で曖昧なものだからこそ、その言葉の響きが、魅力的に思えてしまったのだろうか。
まるで陽光のようにキラキラと眩しく美しいそれの中に、ディーナと一緒ならば自分も入れると、勘違いしていたのかもしれない。
そんなもの、解らないくせに。解るはずがないくせに。
「……吸血鬼の俺には、解らないのかもな。多分……一生」
心の中で呟いたはずが、実際に口から出ていたらしい。
「旦那さま……?」
先ほどより幾分かはっきりした声で、ディーナがいぶかしげにカミルを見上げる。
その顎に手をかけ、小さな唇を指でなぞった。
この小さな柔らかい口の中に、思い切りねじこんでやったら、さぞかし気持ち良いだろうなと、ぼんやり考えた。
―― 解らないから、どっちだって良いはずなのに。なんだって、こんなに苦しくて心が痛い……?