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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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名前の解らない関係-1

 ――カミルが家を出てしばらくした後。

(うぅ……眠れない)

 ディーナは一人で掛け布に包まったまま、寝台でゴロゴロと寝返りを打っていた。ふくらはぎまでの白いネグリジェが、掛け布の中でよじれて足にまとわりつく。
 自分しかいない寝台は、やっぱりいつも落ち着かない。

 元はカミル一人で使っていた寝台だが、それなりに広いのでディーナが一緒に眠るようになっても、そう窮屈ではないそうだ。
 灯りを消して鎧戸もきっちり閉めた寝室は、真っ暗だった。しかし瞼を閉じれば、昼間のことが次々と浮ぶ。

 街の雑踏や、サンドラやルカと過ごした楽しい一時に、手を繋ごうと片手を差し出したカミルの顔……。
 そういった素敵なものだけを頭に入れて置きたいのに、時おりバロッコのいやらしい薄笑いが強引に割り込んでくる。
 それに、とても悲しそうなリアンの顔もチラついては、ディーナの心臓をチクチクと刺すのだ。

 早とちりとはいえ、リアンはディーナを本気で助けようとしてくれていた。カミルが訪ねる予定の武具師じゃないかと思いつつも、ディーナのためになら、それを台無しにしようとするほど。
 小路でも、リアンが助けてくれなければ、今頃どうなっていたか……。

 そんな彼に、いくらカミルを悪く言われてカッとなってしまったとはいえ、自分の態度はあんまりだったのでは……?

(旦那さま、あの封筒をどうしたのかなぁ)

 自分が口を出すことでないとは判っていても、やはりあの封筒が気になる。
 それに、街から帰ってきたばかりというのに、カミルはどこに出かけたのだろうか?

(あんまり遅くはならないって言ってたけど……それに……)

 不意に、カミルから出かけ際に言われた事を思い出し、ぼっと頬が熱くなる。
 動揺のあまりとっさに『お待ちしています』なんて答えてしまったけれど、はたしてああいう時には、どんな返答が正解なのか、ディーナはさっぱりわからない。

(旦那さま、ギョっとしてたみたいだし、やっぱり変な事言っちゃったのかも……でも『楽しみにしてます』って言うのも、なんだか恥ずかしい……)

 暗闇の中で顔を真っ赤にし、こみあげる恥ずかしさにディーナはジタバタとシーツを蹴る。

(うーん『宜しくお願いします』も、なんだか違う感じがする……もしかして『頑張ります』……とか?)

 自分は小間使いなのだし、何と言うかこう……ご奉仕的な! やる気を感じさせる調子で!
――と、ディーナは真剣に考える。

 今ではカミルに毎晩のように抱かれているし、とても大切にして貰っていると感じている。
 口には出されなくても、好きと言われているような気がして、ちょっと自惚れたくなるほどだ。
 ただ……自分達の関係が恋人になったのかと尋ねられれば、はっきり頷けない。

 相変わらず、月末には銀貨四枚をきっちり支払われるし、そもそもカミルには最初から、ディーナを好きに扱う権限もあった。
 カミルがバロッコ夫妻からディーナを『何をしても良い使用人』として買った際の契約は、翌朝に一度切れているとはいえ、ディーナは新しい条件など申し出なかった。
 だから、カミルとの雇用条件は、夫妻が提示した条件そのままで継続しているのだろう。

(旦那さまは変わってるけど……そもそも吸血鬼は恋人とか絶対つくらないって、どこかで聞いたことがあるし)

 あれは、市場で野菜売りのお姉さんと話していた時だろうか? それともお魚屋さんか、お肉屋さんか……何かほんの雑談の折だった気もするが、その時ズキンと感じた胸の痛みだけは覚えているのに、さっぱり思い出せない。


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