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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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アルジェント貿易-3

 ナザリオは顎鬚を弄りながら、素早く損得勘定を頭の中で巡らせる。
 武具師が大切にしているというその娘を攫って交渉し、上手くこちら側につかせられれば、それが一番良い。
 話を聞いた限り、夜猫とそうベッタリの仲というわけでもなさそうだから、娘と武具師の双方に好条件を出してやれば、十分に可能性はあるだろう。
 問題は、武具師があくまでも夜猫につく姿勢を見せた場合だが……。

 もしも武具師が要求を飲まず、力づくで娘を取り返そうとするなら、こちらも力で対処するだけだ。ナザリオの部下にも魔物はいるし、たかが吸血鬼一人に遅れをとる連中ではない。
 逆に、武具師があっさりと娘を見捨てても構わない。
 どちらにしても、ナザリオの手元には若い娘が残るのだから、娼館ででも働かせれば、経費の回収くらいは出来るだろう。

 老婆はとりあえず拘束しておき、事体がどう終着しようと、用が済んだら金貸し連中に引き渡せば、連中から手間賃が入る。
 どう転んでも、損にはならない話だ。

「……よし。その娘を攫って、武具師と交渉だ。下調べと人選の手配はお前に任せる。まとまったら報告しろ」

 結論づけ、ナザリオはポンと手で両膝を打った。
 吸血鬼と人間の娘の奇妙な話に、若干興味はあるものの、他にもやる事が山積みなのだ。
 夜猫の酒場を幾つか潰したものの、奴等は案外手ごわくて、こちらにもかなりの損害が出ている。今のままでは良くて痛み分け……まだまだ手柄を誇れる状態ではない。

「ええと……その娘は、なんて名だ?」

 今さらながら、肝心の娘の名前を聞いていなかったのに気付き、ナザリオは尋ねた。

「確か、ディーナ・キャンベルです。姓は本当の親のでしょうね。髪の色は、もちろん赤ですよ」

 そう言った部下は、少し含み笑いをしており、ナザリオの方は遠慮なく噴出した。
 この国では、ディーナやディアーナという名を持つ女性が多く、しかもその殆どが赤毛か、それに近い色の髪だ。
 この名前は、古くから伝わる神話に登場する、女神ディアーナロスに因んでつけられる名前だった。

 ディアーナロスは、鉱石木を作り出した古代文明よりも、遥か昔に存在したとさせる女神で、炎でできた赤い髪を持ち、世界に光と熱を与えた。
 暖かな優しい心を持つ彼女を、全ての者が愛し、それまで世界を支配していた闇と厳寒の神さえも、彼女に心を奪われたという。
 そして闇の神と婚姻を結んだディアーナロスは、世界を夜と昼の半分に分け、今でも夫とともに地上の生物を温かく見守っているそうだ。

 それで、万物から愛された女神の加護にあやかろうと、赤毛の娘が生まれると、まずこういった名をつけるのだ。
 都では時代遅れと言われて久しいものの、ここのような僻地では、まだまだ廃れぬ風習だった。

「女神さまの加護ってのも、大してあてにならねぇもんだなぁ」

 周囲から愛されるどころか利用され続け、つくづく不幸な目に合わされている娘を思い、ナザリオはニヤリと笑う。

「……ま、当然の話だがな」

 そもそも、いもしない女神の加護なんぞを、勝手に期待するほうがどうかしているのだ。
 ナザリオが生まれ育った貧民街で最初に学んだのは、欲しいものは自力で手に入れるしかないという事。
 必要ならば他人を踏みつけ、その手からもぎ取ってでも。
 大人しく他人の言う事を聞き、いつでも他人を思いやって優しくするという奴なんざ、骨までしゃぶられちまえと思う。

 ―― もっとも俺は、そんなお人よしが大好きだよ。俺に踏みつけられて、大人しく搾取されてくれるんだからな。ありがたいことさ。


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