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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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武具の役割-3

 ディーナがまだ幼い姿の彼に会ったのは、ちょうど十年前のことらしい。
 そこから考えるに、おそらくリアンは泉から生まれて、まだ十二・三年しか生きていない。

 人間で言えば彼は、ルカよりも年下の少年なのだ。

 外見は立派な青年だし、中身もそれに伴っているはずなのだが、人狼は急成長するせいで、今ひとつ肉体成長と感覚のズレる場合があるらしい。

「まぁ、こういうのは中身より気分だろ」

 そう言ってリアンは、果物のジュースを一口飲んだ。

「それもそうだな」

 カミルは頷き、注文をとりに来た女給に代金を渡して、林檎酒を受け取る。それから単刀直入に切り出した。

「紹介状を見た。受けるかどうかを決める前に、一つ質問をしたい」

「なんだよ?」

「ディーナが行方不明と知った時点で、なぜ先に俺の所へこなかった? この武具を作るには、それなりに時間がかかるし、お前だってそう長くは留守にできないだろう?」

 紹介状をポケットから取り出し、カミルは指摘する。
 暗殺者は他人の命を狙う分だけ、自分の命にも危険が多い。だからこそ、死に物狂いで腕を磨きつつ、より良い武具を求めるのも、彼らにとって死活問題だ。

 リアンの所属する暗殺集団では、夜猫頭首を通じてたまにカミルの武具を求めてくるため、あそこの制度は自然と耳にしていた。
 所属する暗殺者たちは、仕事で旅に出る以外の時は、基本的に本拠地の近辺で暮らすように義務付けられている。
 国内とはいえそれなりに遠い地方へ、数週間も私用ででかけるなど、一人前となって、しかもある程度の実績を作ってからでなければ許されないはずだ。
 それでリアンは、ディーナに会いに来られるまで十年もかかってしまったのだ。

 武具が必要なのは本当だろうが、組織に縁のある幾人かの武具師の中でカミルを選んだのも、この地方にいられる期間を、少しでも長くするためだろう。

「お前はその時点で、ディーナが今もこの近くにいるどころか、生きている確証すら持っていなかったはずだ」

 黙って自分を睨むリアンに、カミルは畳み掛ける。

「ひとまずディーナの捜索は後にして、俺の元へ武具の発注をしに来るべきだった。後にするといっても、最悪でも半日先に延びるだけだ。それだけで、武具は確実に手に入る。なぜ、そうしなかった?」

 カミルが紹介状の封筒を卓上に放ると、リアンはようやく口を開いた。

「なぜかって? 俺が強くなりたかったのは、いつかディーナに再会して恩返しをしたかったからだ。どんなすげぇ武具を手に入れたって、守る相手に会えなきゃ、意味がないんだよ」

 リアンの握り締めた金属性ゴブレットが、かすかに軋む音を立てた。

「……もしも、ディーナが農場よりずっと酷い場所に叩き込まれていたとしたら? あんたに会いに行く半日を消費せずに探していれば、救えたとしたら? 確証なんかなくても、可能性が少しでもあれば、そっちに賭けるさ。あんたの言う、優先順位って奴だ」

 小路での事をチクリと引用したリアンに、カミルは肩をすくめた。

「解った。お前の注文を受けることにする。あと何日くらいなら滞在できるんだ?」

「は……? 十日、くらいかな……って、本気か?」

 キョトンと、リアンの目が丸くなった。
 おそらくはカミルの武具を後回しと言い切った時点で、依頼を蹴られるのは覚悟済みだったのだろう。

「本気だし、その日数なら十分だ」

 林檎酒を一息に煽り、カミルは口角をあげた。

「腕はそこそこ立ちそうでも、お前みたいに単純な馬鹿ガキは、すぐにくたばりがちだからなぁ。早いところ職を変えるか、無理ならせいぜい腕を磨いて、可能な限り武装しろ」

 それを聞くとリアンは顔をしかめ、張り合うようにジュースを飲み干した。

「年寄りの忠告ってやつか。素直に聞いとくよ」

 どこか子どもっぽい、拗ねたようなしかめっ面に、カミルは苦笑する。
 客観的に見れば、リアンの行動は失格もいいところだ。
 私情最優先で、仕事に必要な武具を得られないどころか、せっかく紹介状を書いた夜猫の面子までも潰すところだったのだから。
 カミルが暗殺組織の上司だったら、殴り飛ばして一から訓練のやり直しを命じただろう。

 けれど、生憎とカミルは暗殺組織の上司ではなく、夜猫へ必要以上の気を使う義理もない。
 だから自分の望む答えをしたリアンに武具を作る。

 武具とは、主人が望む道を切り開く相棒には成りえても、主人そのものになることは、決してない。
 コイツはそのことも、自分が選ぶべきものが何かも、ちゃんと知っている。

「明日の朝一番に、鍛冶工房まで来い。武具製作の代金は……」

 そして、金の代わりに要求する条件を言い終ると、カミルは呆気にとられているリアンを残して、さっさと店を出た。

『ディーナを傷つけるつもりじゃなかった……』と、通りで言った時のリアンは、心底から悔やんでいる表情だった。
 愛の定義なんて、カミルは今まで考えたこともなかったが、もしかしたらリアンは本当の意味で正しく、ディーナを愛しているのかもしれない。
 たとえ自分の想いが通じず、ディーナが他の者を好きだと言っても、その想いすら守ろうとする……。

 カミルには絶対、そんな愛しかたはできないだろう。
 できるのはせいぜい、いざと言う時にディーナの手札となる、彼女を大切に想う者を、一人でも多く集めておくだけだ。


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