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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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アルジェント貿易-1


 アルジェント貿易は、この国の侯爵家が経営する大きな商会だ。

 多くの貴族が、領地経営や王宮関係以外であくせく働くのは下品とみなしていた中、数代前のアルジェント侯爵はその風潮を一蹴してみせた。
 良質な葡萄酒や林檎酒を、自領地からだけでなく他からも買い集め、精力的に貿易業を始めたのだ。

 最初は周囲の失笑さえかっていた事業は、めざましい業績をあげ、辺境の貧乏貴族だったアルジェント家を、わずか数年で国内有数の富裕な家とした。
 実のところ、侯爵のやり口はかなり強引で汚く、非合法な手段も多かったが、それを知るのは内情に詳しいほんの一握りのものだ。

 とにかくアルジェント貿易は、そのやり口を保ったまま順調に育ち、今では国内中の街に酒場や酒店を構えている。
 酒店ではつまみの乾物も取り扱うように、酒場には賭場や娼館が、当たり前のように併設されていた。賭場や娼館の名は一応、アルジェントのものではないが、元占めは同じだ。
 そして各地に増えた支部を経営するのに、侯爵家の一族だけでは追いつかず、巨大化した組織の中から、見込みのある者が選出されるようになった。

***
 ―― カミルがリアンを尋ね、彩花亭を訪れていた頃。

 彩花亭のある宿泊通りから、道を一本隔てたところにある娼館の一室では、一人の男が寝台で娼婦に身体を拭かせながら、部下から報告を聞いていた。
 娼館で最高の客室よりも、さらに豪奢な調度品で整えられた部屋は、この街でアルジェントの支部を任されている者の私室だった。

 現在の部屋の主は、寝台の男……ナザリオだ。
 三十代半ばで黒髪に黒目。西南の血が混ざっているのか皮膚は浅黒く、濃い眉と木彫りのようにくっきりした顔立ち。
 上背も十分で、いかにも精力的な男らしい見た目は、女の目を十分に引き付けたし、本人もそれをたっぷり自覚していた。

 アルジェントの一族に名を連ねる血筋ではなく、元はなんと貧民街出身の女衒だ。
 己の野心だけを伴って這い登り、ついに支部を任されるまでに至った男だった。

「ふぅん? そのカミルって吸血鬼は、夜猫の専属武具師とか聞いたが……」

 ナザリオが聞き返すと、寝台の前に立っている部下の青年が口を開いた。

「一応、夜猫の方に滞在金を払っていますし、あっちの頭首の口利きで、武具の注文を受けることもあるそうですが、専属じゃありません。普段は鉱石ビーズだけを作っていて、それを卸す魔道具屋も奴の工房も、夜猫の縄張りとは無関係です」

 この街で生まれ育ったという青年は、数ヶ月前にここへ来たナザリオにとっては、まだつきあいの浅い新顔の部下だ。薄い体つきに、これといって特徴のない平凡な顔立ちと、とことん上司とは間逆の容姿である。

 しかし、地味で陰の薄いこの青年は、頼りなさげな見た目に反して、かなりの情報通で、夜猫の縄張りまではもちろん、街から離れた農村地域の内情までも幅広く詳しい。
 その上なかなか気も聞くし頭の回転も速いので、とても重宝していた。

「はぁ〜……そりゃまた、中途半端な立ち位置だな」

 ナザリオは短い顎髭を一撫でし、身体を拭き終わった娼婦が差し出すガウンに袖を通す。よく躾の行き届いている娼婦は、ナザリオが身支度を整え終ると、黙って一礼をして退室した。
 扉が閉まると、ナザリオは部下に視線を戻した。

「……で、その婆は、吸血鬼が惚れ込んでいる自分の娘を、こっちへ売ると言っておきながら、今すぐは連れて来れないとほざいてるんだな?」

「はい」

 皮肉たっぷりの声色で報告を纏められた部下は、神妙な顔で頷いた。

 貧相な身なりの老婆が、ナザリオに面会を求めにきたのは夕刻のことだった。
 そんな輩が元締めへ会いたいと言っても、通されるわけがないのだが、老婆はしつこく食い下がった。

 『夜猫と懇意にしている吸血鬼の武具師が、自分の娘に惚れ込んでいる。娘を買い取ってくれれば、武具師はアルジェントの方へつくはずだ』

 要訳すると、そんな主張しているそうだ。
 更に、娘は頑固者でなかなか扱い辛いが、親である自分の言う事ならば何でも聞くと、自身の厚遇までも要求しているという。

「お前、馬鹿だろ」

 ポリポリと頭をかき、ナザリオは部下に呆れた溜め息をついてみせた。
 使える奴と思っていたが、どうやら過大評価していたらしい。

 支部の元締めになれたとはいえ、ナザリオはこんな田舎の片隅で満足するつもりはなかった。
 手始めに夜猫を追い出して街を掌握し、その手柄を足がかりに、もっと高みへ昇るつもりだ。
 そのためにも、夜猫の息がかかった者に関する情報は、どんなに小さくても報告しろと命じていたが……これはお粗末すぎる。
 武具師が人間を襲わない、ひどく変わり者の吸血鬼とは聞いているし、百万歩譲ってその変わり者の吸血鬼が、どこかの人間の娘に惚れているとしよう。
 しかし……

「現物なしに買い取ってくれじゃ、話にならねぇよ。おまけに、本当に娘が言うことを聞くってのなら、てめぇで連れてこられるはずだろうが。俺はな、いかれた婆の妄想に構う暇はねぇんだ」


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