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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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武具の役割-2


 カミルはしばらく考え込んだ末、紹介状をまたポケットに戻した。そしてふと、扉の外にディーナの気配を感じて扉を開けた。

「あ、旦那さま。もうお仕事はお済ですか?」

 扉のすぐ前にいたディーナは、拍子抜けするほど元気な笑顔で、カミルは一瞬戸惑った。

「ああ……」

「ちょうど、お夕食の支度が出来ました。ルカ君に手軽なレシピを教わったので、早速作ってみたんですよ!」

 しかしよく見れば、その笑みはどこかぎこちない。普段どおりに振る舞おうと、無理をしているのだろう。
 背中を押されるようにして食卓につくと、彩りも内容のバランスも良い夕食が並べられていた。それほど時間もなかったはずなのに、ディーナのこういう所は実に見事だ。
 温野菜とマカロニのバター炒めを口に運びながら、カミルは素直に感心する。

 元々、食べ物の味にそれほどこだわる方ではなく、ディーナが来る前は、適当にあるものを、簡単に調理する程度だった。
 忙しければ干し肉と乾パンだけでも一向に構わない。試験管に入れた壮絶に不味い血の味を思えば、大抵の食べ物は美味いと思う。

 今もそれは変わらないはずなのに、いつのまにか毎日の食事が楽しみになっているのが不思議だ。

 そして何よりも肝心なのは、それをディーナと楽しく一緒に食べることなのだと、それもちゃんと理解していた。
……ただし、無愛想な表情にはその想いがいまいち表れず、更に本人がそれに気付いていないのが致命傷だ。

 カミルは食後の茶を飲み干すと立ち上がり、戸口のコートかけに向かった。夜だが念のために、フードつきマントを羽織る。

「旦那さま?」

 後片付けをしていたディーナが、また外出の支度をはじめたカミルを見て怪訝な顔をした。

「用事を片付けてくる。戸締りをしっかりして、先に寝ていろ」

「はい……」

 ディーナは頷いたものの、大粒の瞳には不安そうな色が浮んでいる。
 無理もない。今日は色々な事があったし、カミルがリアンから渡された封筒のことも、ずっと気に掛かっているのかもしれない。

「そう遅くはならないから、いい子で待っていろ」

 ディーナを抱き寄せて唇を重ねた。柔らかな唇を割り開き、舌を絡めて弄ぶ。
 このまま押し倒してもっと貪りたいのは山々だったが、我慢して身体を離すと、ディーナが半開きの唇から、かすかに濡れた声を漏らした。

「ぁ……」

 少しトロンとした瞳で見上げられて、カミルは息を呑む。
 普段の、子リスのようにハキハキと動き回っている姿も可愛らしいが、ディーナのこういう顔は、また格別だ。
 恥かしそうなくせに、少し期待するような色を帯びた瞳に、どうしようもなく欲情が這い登る。

 ―― やっぱり、先に押し倒しておくか。

 一瞬、素直な考えが頭をよぎったが、寸前でなんとか思い留まる。
 残惜しい気分で、ディーナの赤い髪をわしゃわしゃ撫でた。
 できればこんな時、気の利いた優しい言葉の一つでもかけてから出かけたいものだと、街からの帰り道のように思った。
 けれど、傲慢な吸血鬼という種の性質か、それともカミル自身に問題があるせいなのか、やっぱり思い浮かぶのはせいぜい、自分勝手な要求だけだった。

「言っておくが、寝こみを襲う気はあるぞ。だから早く寝て、しっかり身体を休めておけ」

 口をついたのは、我ながら酷いもんだと思うセリフだったが、ディーナはキョロキョロと目を泳がせたあと、頬をさらに赤くしてコクンと頷いた。

「えーと……お待ち、しています……」

 消え入りそうな返事に、今度はカミルがうろたえさせられた。

 ―― だからお前は、どこまで俺を骨抜きにすれば……っ!!

 いっそ壁に頭を打ち付けながら訴えるか、この場で抱き潰して思い知らせてやりたいくらいだ。

 結局。
 もう一度だけ、噛み付くように口付けてから、カミルは誘惑に負けないうちに、急いで家を出た。

***

 『彩花亭』は、街の宿泊通りにある宿の一軒だ。
 良心的な宿代で、そこそこに快適な寝台を提供してくれるし、一階には食堂兼酒場がある。

 夜の山道を、半刻とかからずに素早く降りてきたカミルは、まっすぐ彩花亭に向った。
 目的はリアンに会うためだったが、部屋をわざわざ受付に聞く必要はなかった。
 一階の食堂に入ると、黄土色の髪をした人狼青年は、片隅のテーブルに突っ伏していたからだ。飲み物の入ったゴブレットを手に、典型的な『自棄酒しています』の図だ。

 非常に解り易い男だと思いつつ、テーブルに近づいたカミルは思わず首をかしげた。
 ゴブレットの中身は酒ではなく、どうみても果物のジュースだ。
 失意の男にアルコール抜きの飲み物はいかんという規則もないが、拍子抜けしたことは確かだった。

「酒は嫌いなのか?」

 カミルが向いに座って声をかけると、リアンが気だるそうに顔をあげた。
 多分、今度は店に入った時からもう、カミルの匂いに気づいていただろう。

「そのうち好きになるかもな。どうも、まだ飲み慣れないんだよ」

 その言葉に、カミルは合点がいった。
 魔物は、殆どの種が成人した状態で泉から生まれるし、生活に必要なある程度の知識や、大人としての感覚も持っている。更に、不老の身体を持つ種も殆どで、実年齢が非常に解りづらい。

 今も、人間の感覚でカミルとリアンを傍から見れば、同年代の青年のように見えるが、実際は大違いだ。
 カミルは二百年以上も生きているし、リアンは……


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