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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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武具の役割-1


 街から離れて細い山道に入れば、カミルたちを包むのは秋風にそよぐ草木と、虫や鳥の音だけだ。
 もう手を離してもディーナが迷子になる心配は不要だったが、カミルはどうも離す気になれないでいた。

 考えて見れば、誰かと手を繋いで歩くなど初めてだ。
 最初は歩き辛かったし奇妙な感じがしたが、ディーナにきゅっと自分の手を握られる感触は、なかなか悪くない……どころか、非常に好ましい。
 ぜひともまた、何かしら口実をみつけて一緒に出かけようと、カミルは密かに決意する。

 しかし―― 空気が重い。

 リアンとの一件から、ディーナはずっと俯き加減で黙ったままだ。
話し掛ければ返事をするとは思うが、元から無口なカミルが、こういった時に気の聞いた会話などできるはずもない。

(あの馬鹿犬……っ!)

 黄土色の髪をした人狼青年へ、胸中で悪態をついた。
 とはいえ、吸血鬼が世間から受けている評価を考えれば、奴の思考回路が歪んでいるとは言えないのが、また複雑かつ腹立たしい心境だ。

 吸血鬼に売られたと聞けば、まず百人中の百人がリアン同様に、その少女はさぞ不憫な目に合わされていると考えるに違いない。バロッコ夫妻とて、ディーナはとっくに殺されていると思っていたらしいではないか。
 リアンは、長年想い続けた少女が吸血鬼に売り飛ばされたと知り、なんとしても助けようとしたのだろう。

 その純粋な好意が実らなかったのは、少々気の毒に思わないでもないが、おかげでディーナだって、こうして十分に苦い思いを味わっている。
 他者からの優しさに酷く飢えた経験を持つからこそ、自分へ真っ直ぐに向けられたリアンの好意を拒否して傷つけてしまったと、余計に心苦しいのだろう。

 一瞬だが、ディーナがリアンを呼び止めようとして思いとどまったのを、カミルはちゃんと気がついていた。
 ……だからといって、特に何も言えなかったわけだが。


 互いに無言のまま歩くうち、やがて家についてしまった。
 秋の陽が落ちるのはあっという間で、すでに周囲は薄闇に包まれている。
 それなりに時間をかけて歩いたというのに、何もかけるべき言葉を見つけられなかった。
 台所に行くディーナの背をこっそり眺め、己への情け無さと腹立たしさを抱いてカミルは鍛冶場に入る。

 窓がきっちりと閉まり、炉にも火は入っていない鍛冶場の中はとても暗い。
 木箱に仕分けされた鉱石ビーズや加工前の石たちだけが、闇の中で色とりどりの淡い光を微かに放っている。
 だが、暗闇のほうがよく見える吸血鬼にとっては、この暗さがむしろ心地いい。
 今はディーナが不自由しないようにと、家のあちこちに灯りの鉱石を設置してあるが、以前はどこも全て、この鍛冶場のように暗かった。

 カミルはベンチに腰掛け、上着のポケットからクシャクシャになった封筒を取り出す。
 三日月と猫の封蝋で一目瞭然だったが、やはり夜猫の頭首からの、武具発注の紹介状だった。
 封蝋と同じ模様が透かし印刷された便箋には、リアンの希望する武具の詳細が記されていた。
 そして彼が、夜猫商会と懇意にしている暗殺集団に所属する者だということも。

(……暗殺者だったのか)

 一見、遺跡目当ての探索者に見えたリアンが、実は暗殺者と聞いても、カミルはそれほど驚かなかった。
 古代遺跡はそれほど甘く無く、巨万の宝を得るより、合成獣と蟲に喰われる率の方が遥かに高い。
 名前のイメージ通り、純粋に遺跡探索だけを生業にする者などは一割に満たず、それよりも遺跡の入り口でガラクタを拾い集めつつ、街で用心棒に雇われたり、辺境で盗賊や獣を退治をして日銭を稼ぐ者が多い。
 しかし、各地の遺跡を求めて旅暮らしをし、武装をして戦闘に長けているのも当然な『探索者』という身分は、暗殺者のような連中が名乗るのには、最適なのだ。

 それに、最初に追いかけっことなった時、短気で粗暴な人狼にしては、意外なほど静かに追って来るとは思った。
 なるほど。あれは生まれ持った豪力まかせだけで、単純に戦ってきた者の動きではない。
 獲物をひっそりと追い詰めて確実に息の根を止める、訓練された|暗殺者《殺しのプロ》の動きだ。

 逃亡した魔物奴隷……それも人狼の子どもがまともな職業につけるなど、まずありえない。
 おそらくリアンは、ディーナと会った後に暗殺集団に入り、そこで生きる道を得たのだろう。

(さて、どうしたものか……)

 紹介状を指に挟んだまま、カミルは思案する。
 武具を作る相手が、闇商売の殺し屋であろうと、誇り高い騎士であろうと、そういう部分はまるで関係ない。
 カミルが嫌うのは、武具を単なる収集物として欲しがる者や、武具に頼って安易に力量の底上げを期待する者だ。

 強力な魔法を篭めた武具を使えば、戦闘がそれだけ有利になるのは確かだが、武具とは使い手あっての物で、それ自体が主人ではない。
 武具に頼り切るのではなく、きちんとその価値を理解して寄り添う……それが、カミルが武具を作る相手に望む条件だ。
 夜猫の頭首から紹介状を貰えるならば、そういう面では合格点と証明されている。
 それでも、カミルが相手を気に入らなければ、好きに断る権限はあった。

 ―― 率直に言えば、非常に腹立たしい小僧には違いないが……。



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