お茶の時間-1
―― 一方。
ディーナは、ルカに三階の居間へと案内されていた。
「凄く綺麗! これもサンドラ先生が作ったの?」
ディーナはティーカップを持ち上げて、花型に編まれたレースのコースターに感嘆の声をあげた。
「はい」
向かいに座るルカは、まるで自分が褒められたように嬉しそうな顔で頷く。
アラクネたちは、何種類もの特殊な糸を体内で生産でき、その糸を見事なレース細工や美しい布製品にすることも得意だ。それを生かし、仕立て屋を生業とする者が多い。
ドレスより傷口を縫う道をとったサンドラだが、やはりアラクネたるもの、美しい布製品を作るのも大好きのようだ。
居間の壁にもタペストリーが飾られていたが、それらやレースのカーテンも全て、彼女が作ったらしい。
街の中心部にあるこの家は、一階の面積が狭く階数が多い、細長い建物だ。
一階と二階が診療所、三階から上が居住スペースとなり、先ほどディーナが寝かされていた部屋は、客用寝室と入院患者のための部屋を兼任だという。
あの部屋には時計がなかったので気づかなかったが、ディーナが気絶していた時間は思っていたより長かったらしく、今はもう早めのお茶をしてもおかしくない時間だった。
昼食を食べていなかったディーナのために、ルカはディーナを居間に案内すると、お茶と一緒に簡単な軽食を出してくれた。
最初はいかにも生真面目で固そうに見えたルカだが、意外なほど朗らかで話しやすい少年だ。
自分の方が年下だからと言って、丁重な言葉使いは譲らないものの、ごく気楽な雰囲気で話しかけてくれる。
おかげで、お客様扱いされるのに慣れず緊張していたディーナも、すぐに打ち解けることができた。
「……でも、先生がもし仕立て屋になっていたら、僕はここにいなかったので、こっちは趣味にとどめておいてくれて嬉しいです」
ルカはそう笑い、眼鏡の位置を直した。
早くに両親を病で亡くし孤児院で育った彼は、医者になりたいと強く希望していたものの、医療を学ぶ大学に入るためには大金がかかる。
そこで院長がサンドラに相談してくれ、数年前からここで家事手伝いと助手を務めながら、勉強を教えてもらっているそうだ。
「じゃあ、ルカ君もお医者さまになるのね」
ディーナは尊敬をこめて、年下の少年を見つめた。
カミルに教わったおかげで、なんとか読み書きと計算は出来るようになってきたものの、医者になるのには、それより遥かに難しい勉強が必要だと知っている。
自分が困らない程度の学だけで終えず、もっと学んで人々の役にたちたいなんて、とても立派だと思う。
「大学に行かなくても、十八歳になったら試験を受けられるので、それに合格できれば……難しいのは覚悟していますが」
少し照れ臭そうに、ルカが頬を赤らめた。
「頑張ります。先生が僕に教えてくださった手間を、無駄にしたくはありませんから」
そう言った彼の声は、とても真剣だった。
この少年が、自分の師をどんなに尊敬し、慕っているかが容易に解り、ディーナの口元は自然とほころぶ。
勉強のレベルは比べ物にならないだろうが、自分もカミルに読み書きを教えて貰えたのが、とても嬉しかった。
大きくなってから習い始めた勉強は難しく、なかなか頭に入らなかったけれど頑張れたのは『読み書きが出来るようになれば、お前の将来に役立つ』と、カミルが言ってくれたからだ。
自分の未来を案じてくれる言葉が、胸が痛くなるほど嬉しかった。
バロッコ夫妻は、お金があれば何でも思い通りになると思っていたし、ディーナとてお金がないと困るのは身にしみている。
けれど、こういう気持ちはきっと、お金では買えないのだと、なんとなく感じるのだ。
(そういえば旦那さま……サンドラ先生とのお話は、まだかかるのかな?)
まだそれほど時間は経っていないのに、急に気になってきて、ディーナは壁の柱時計に目をやった。
(サンドラ先生が、あんな美人なんてびっくりしたなぁ。すごい巨にゅ……じゃなくて、スタイルもいいし……)
ディーナの理想そのもののスラリとした長身が、ポンと頭に浮かぶ。
美しい顔立ちは知的でもお高くはとまらず、気さくに話しかけてくれた彼女のことが、少し話しただけで、もう好きになれた。
あれだけ素敵な女性なら、きっと他の人だって……。