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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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複雑な心境-4

 隣国を統べるラミアの王は、その身を斬られようと焼かれようと決して死なぬ、不死の蛇王として有名だ。
 これは非常に驚くべきことだった。魔物の多くは不老の身を持つものの、不老と死なないのとは、全く違うのに。
 吸血鬼とて外見は老いず長寿ではあるが、不死身ではない。日光を浴びたり、外傷などで死ななくとも、いずれは寿命が来る。
 二百年か三百年ほど生きれば、その身体はある日突然に朽ちて灰のごとく崩れてしまうのだ。

 そしてカミルは、もう二百年以上も生きている。
 この身体は、もしかしたらディーナが寿命を終えるよりも長く持つかもしれないし、一時間後には朽ちてしまうかもしれない。
 なんの前兆もなく、ほんの一瞬で。別れを告げる暇も与えられず。
 その最後の瞬間に、後悔はしたくなかった。

 ディーナの両親は、自分達が死んだ後で、愛娘があんな仕打ちを受けるとは思いもしなかっただろう。
 彼らなりに、残される娘の身を案じたに違いない。
 しかし、その願いは虚しくも実らず、ディーナは過酷な人生を送る羽目になった。
 運命なんて結局、どう転ぶかはわからないものだ。
 ディーナがバロッコ夫妻に引き取られなければ、カミルの元へ来ることもなかったと思うと、実に複雑な気分だ。

 カミルはまっすぐにサンドラを見据え、彼女の価値を正しく知る者として、頼みごとを口にした。

「……もしもディーナが一人になった時、アイツに最も信頼のおける切り札を残してやりたい」

 ディーナは市場で顔見知りも出来たようだが、身寄りもないうえに魔物と暮らしていた娘が一人となった時、世間はそれほど優しくないだろう。
 それまで親しくとも手の平を返す輩はいるだろうし、力の弱い娘を狙い、食い物にする連中も履いて捨てるほどいる。
 ディーナが生活に困らぬよう、鉱石ビーズなどを残してやることなら簡単にできても、金だけでは助からない場合だってある。
 それこそ今日、彼女がバロッコに危うく連れ去られる寸前だったように。

 本気でその身を守りたいなら、もっとも信頼のおける力を、彼女の傍に置いてやるべきだ。

「ふぅん……つまり、アンタがさっさと死んじゃったら、あの子の護衛を勤めろってわけ?」

「困った時に手助けしてやる程度で良い。代金には好きなだけ新しい医療器具を作ってやるし、なんなら頭も下げて頼んでやる」

 壁際に置かれた器具の棚を、カミルは親指で示す。サンドラの使う切れ味の鋭いメスや鋏などは、ほぼ全てカミルが作ったものだ。
 数秒間、二人の魔物は互いに視線を外さぬまま口を閉じ、室内には沈黙がながれる。
 そして、先に沈黙を破り噴出したのはサンドラだった。

「まさか、あんたの口から、頭を下げるなんて言葉が出るとはね。見てみたい気もするけれど、やめておくわ」

 彼女はゆったりと長い脚を組みなおし、瞳を細めてカミルを眺めた。

「それに、メスは磨ぐ必要があるけれど、他の道具なら今ので十分足りているの。だから、報酬は他のものにしてちょうだい」

「他の……?」

 いぶかしげに尋ねるカミルへ、サンドラはニコリと微笑んだ。

「あんたと同じものがいいわ。私だって不死じゃないし、もしもの時には最強の武具を、お守りに残してあげたい子がいるの」

「……ルカか」

 カミルの声に、サンドラの唇が優雅な弧を描く。

「そうよ。万が一、私が先にくたばることがあったら、ルカを宜しく。この条件でどう?」


 どうも何も、その条件でカミルに断る理由など、何一つなかった。


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