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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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優しくない子-1


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 ―― バロッコ家に引き取られてから三年ほど経った、あの晩。
 小さなパンを大切に握って、寝床の干草小屋に戻ったディーナは、すぐ異変に気がついた。

 夜の干草小屋は暗い。
 照明器具もなく、僅かな明かりになるのは、窓や壁の隙間から差し込む月光だけ。
 しかし今夜は、積み上げられた干草の山の前で、爛々と光る二つの目があったのだ。
 背を丸めてうずくまり、こちらを睨みつけているのは、ボロボロの衣服を着た子ども……ただし、その頭と手足だけは、狼のそれだった。

 ―― 人狼。

 脳裏に浮かんだ凶暴な魔物の名に震え上がり、ディーナはとっさに逃げ出そうとしたが、寸前で振り返った。
 人狼がたてるうなり声が、今にも途切れそうで苦しげなのに気がついたからだ。
 それに、本当に小さな人狼だった。
 頭は狼だし、うずくまったままでは正確にわからないが、痩せっぽちで背の低い十歳のディーナと、大して変わらないくらいなのではないだろうか。
 破れた衣服のあちこちには黒っぽい染みが滲み、汚れた前足の毛皮も、こびりついた何かで黒く固まっている。干草の匂いに、血の匂いが混じってディーナの鼻を突いた。

 小さな人狼は、弱弱しい唸り声をたてて立ち上がりかけたが、ベショリと床に崩れてしまった。
 窓からの月光が、彼につけられた首枷と、そこから伸びている千切れた短い鎖に反射した。

 魔物の多くが成人した姿で生まれ、そのままの容姿で一生過ごす中、人狼だけは小さな子どもの姿で泉から生まれるそうだ。

 この国では、魔物の一種である半人半蛇《ラミア》の独立国と友好関係を結んで以来、魔物奴隷の売買が禁じられている。
 人狼と吸血鬼だけは、特に危険性が高い魔物として討伐対象となっているが、人と同じようにどの種の魔物も全て、奴隷として扱うのは厳禁されていた。

 しかし、厳しく禁じなくてはならないのは、裏を返せばそれだけ横行しやすい……需要があるということ。
 誰もやりたがらなければ、禁じる法を作る必要もない。

 魔物たちは非常に優れた身体能力を持つが、彼らの源たる泉を占拠し、生まれた瞬間に攻撃すれば、比較的容易に捕獲できた。
 鉱石ビーズをはめ込んだ隷属の首枷は、対の石をはめ込んだ腕輪と連動し、逆らうたびに魔物へ苦痛を与えて服従させる。

 特に、数年で凶暴な魔物へ急成長する人狼は、子ども姿の時から入念に飼いならせば、従順かつ優秀な奴隷になると言われていた。
 そして建前では禁止されているものの、金持ちの歪んだ道楽や、裏町のいかがわしい売春宿などで、魔物奴隷は依然として売り買いされているのだ。

 ……まだ子どものディーナは、そんな事情までは知らなかった。
 だが、魔物を鎖に繋いではいけないとされていても、それをやる悪い人もいるとは聞いていた。

 目の前の小さな人狼が、どうやって逃げられたのかは知らないが、とにかく体力が尽きてここに逃げ込んだのだろう。
 想像もしなかった事態にディーナはうろたえたが、ふと、小さな人狼のギラギラした目が、自分の手にもったパンに向けられているのに気がついた。

(この子……お腹が空いてるんだ……)

 途端に、自分も腹ペコなのを思い出し、クゥっと胃袋が鳴った。
 ディーナも普段なら、食事は食堂の隅っこで食べる。
 皆が食べ終わった後で鍋の底をこそげれば、シチューや肉汁の残りにも少しはありつけた。

 けれど今日は、バロッコ夫人の機嫌がやたらに悪かったのだ。
 何でも知り合いのご婦人から、新しい宝石細工と都で仕立てた最新流行のドレスを自慢されたらしい。
 夫人に当り散らされた使用人たちは、当然ながら一様に不機嫌となったし、その怒りをぶつける先を探していた。
 その的はとすなわち、バロッコ夫妻の養女である、ディーナだ。

『羨ましいもんだ。親戚ってだけで、あの強欲夫妻に借金を肩代わりして貰えたんだからな。その金は、俺達を安い給金でこき使って溜め込んだ金なんだぜ? つまりお前は、俺達からもふんだくったことになるんだ』

 使用人たちの言い分は、もっぱらそれだった。
 幼い少女が、夫妻にまるで可愛がられていないなど一目瞭然だったが、それを認めれば、彼らは不満の捌け口を失ってしまう。
 この田舎村では、雇用主に不満があっても他の働き場所を探すのはなかなか難しく、閉鎖的な気質もあいまって、街へ稼ぎに行くという勇気もでない。
 冒険をするより、目の前の鬱憤を誤魔化して、やり過ごす方法を彼らは選ぶ。



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