再会-6
「……そういや、吸血鬼がどーの言ってたな。血の匂いプンプンさせやがって、ダニ野郎が」
嫌悪も露なリアンの視線の先には、冷ややかな表情のカミルがいた。
「旦那、さま……?」
対面にいたはずのディーナにすら、彼がいつリアンの背後に回ったのか、まるで見えなかった。
「ディーナになんの用か知らんが、穏便に済ませようと言うのに随分な挨拶だな。この距離まで気付けない程度の駄犬が」
「てめぇ……っ!」
カミルの嘲笑に、リアンの鋭い目がいっそう吊り上る。
口元の犬歯がはっきりと解かるほど尖り、その首筋や手には、黄土色の体毛がざわざわと伸びはじめた。
―― 人狼。
何年も昔……『初めて彼に出会った時』と同じく、その種族を表すたった一言だけが、ディーナの頭に浮かんだ。
普段は人間そっくりの姿であるが、有事の際には半獣の姿となる。非常に好戦的かつ、最も凶暴な魔物だ。
「待っ……!!」
一触即発の空気の中、ディーナは咄嗟にリアンの上着を掴もうと手を伸ばしかけたが……。
「貴様らぁ!! そこで何をしている!?」
小路に響き渡った新たな声が、全員の動きをピタリと止めた。
「ぁ……」
ディーナがぎこちなく声の方向に顔を向けると、曲がり角の先に、鉄兜と軽鎧で武装した憲兵の姿があった。
体格のいい中年の憲兵は、おそらく見回りなのだろう。
片手にサーベルを抜き放ち、ズカズカと三人の傍まで近づいてくると、ディーナに視線を留めた。
「おい、君! 大丈夫かね? この男たちに何かされたんじゃないのか?」
「ええっ!? いえ、そんな……大丈夫です!」
ディーナは急いで首と、ついでに両手まで大きく横に振った。
リアンは瞬時に牙を引っ込めて、ただの青年の姿へと戻っていたし、カミルが吸血鬼とも気付かれていないようだ。
人狼と吸血鬼に、魔物という以外の共通点があるとすれば、どちらもこの国では討伐対象になっている種族という所だろう。
驚愕の連続で、頭の中はもうグチャグチャだが、とにかく憲兵に二人の正体を知られてはいけない。それだけは、はっきりしている。
ディーナは冷や汗をダラダラと流し、必死に言い募った。
「ご心配おかけしてすみません! 本当に大丈夫です!」
だが憲兵は、ディーナを上から下までジロジロと眺めると、兜から覗く日焼けした顔に、いかにも好色そうな表情を浮かべた。
「そうかそうか。だが、君のような女の子が、こんな所に気安く入るのは感心せんな」
お前らは行っていいぞ、と言うように、憲兵はカミルとリアンに手で追い払うような仕草をした。
「君、ちょっと詰め所まで一緒に来て貰おうか」
「えっ!?」
「なぁに、簡単な指導と、少し調書を取るだけだよ。用が済めばすぐ……」
下心剥き出しの憲兵が、サーベルを持っていない方の手で、ディーナの肩を馴れ馴れしく掴んだ瞬間……。
「「 俺の女に触るな 」」
憲兵の背後から、二人分の剣呑な声が、異口同音に発せられた。
そして一瞬後、リアンに首根っこを掴まれた憲兵の巨体は、うめき声と共に宙に浮いていた。
「あぁ!? ざけんな……って、おい!」
巨体の男を掴み上げたまま、リアンが目を剥いてカミルへ怒鳴る。
見事に息のあってしまった二人だが、次に取った行動は似て非なるものだったのだ。
「ひゃぁっ!?」
フワリと浮遊感に包まれ、ディーナは短く悲鳴をあげた。
憲兵ではなく、ディーナに突進してその身体を抱えあげたカミルが、ニヤリと口端を吊り上げる。
「図々しい馬鹿が。優先順位を間違えたな」
そしてディーナの旦那さまは、雑踏の中へと黒い影のように素早く飛び込んだ。