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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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再会-1

 カミルの工房から続く山道は、麓まで降りる途中で二手に分かれている。
 東に延びる道は、いくつかの農村が点在する地域へ続いており、ディーナはそちらで生まれ育った。

 西へ続く道を行けば、この地域で最も賑やかな街オルヴェストに着く。
 王都や他の大都市に比べれば、所詮は大きめの田舎街に過ぎないそうだが、カミルと暮らし始めるまで農村から出たことがなかったディーナには、ここより賑やかな場所があるなんて、想像もつかない。

 大通りには、カラフルなペンキで塗られた建物がひしめき、食料から衣類に魔道具まで、各種の店が揃っている。旅人のための宿泊施設や、娯楽を提供する店もある。
 二年前、カミルに連れられて初めて街に来た時、ディーナはあまりの人や品物の多さに、完全に圧倒されてしまった。

(――急に私と街に行くなんて……旦那さま、何の用だろう?)

 今にも雨が降り出しそうな曇天の下、ディーナは人波の中で前を歩くカミルを見失わないよう、懸命に石畳の道を進む。
 朝起きて一番に、カミルから今日は一緒に街へ行くように言われ、とても驚いた。
 そして朝ごはんもそこそこに、早くから家を出てきたというわけだ。

 カミルは自分が街に用事がある時、基本的にはディーナを留守番させて、日暮れを待ってから街に降りて行くし、市場への買出しなら、日中にディーナ一人で行ける。
 カミルの作ってくれた荷車には、重量軽減の鉱石ビーズがはめ込まれているから、荷物をいっぱい積んでも平気だ。
 双頭鼠に壊されてしまった守り石も、また新しいものを作って貰った。
 だから、こうして一緒に街へ来るのは二年以上ぶり。
 カミルがディーナと暮らし始めてから一度だけ、街への道順や馴染みの店の場所を教えた時以来だ。

(市場は通り過ぎちゃったし、どこに行くのかなぁ……)

 黒いマントのフードを被った、カミルの後姿を見失わないように気をつけながら、ディーナは心の中でまた首を傾げた。
 カミルが無愛想なのはいつもの事だが、今朝の彼は妙に思い悩んでいるように感じて、ディーナは街へ行く目的をとうとう聞けなかった。

 普段の買い物は、街の入り口に近い市場で済ませてしまうし、他にカミルの馴染みとなっている店も、全部あの辺りにあるのに……と、慣れない景色にディーナは戸惑う。
 宿や食堂の密集しているこの辺りには、殆ど来たことがない。

 よく見れば、規則正しく敷き詰められた石の隙間からは、所々に細い緑色の鉱石木が覗いていた。細いツルはあちこちの建物脇からも生え、壁にしがみ付いている。
 鉱石木はどこにでも生えてくるし、その成長速度は人間の密集する場所ほど早いのだ。
 ここのように大きな街なら、一週間も放置しておけば、街中の建物が成長した木に締め付けられ、破壊されてしまう。
 魔法の鉱石が採れるとはいえ、一方ではとても物騒で厄介な植物だ。
 除去屋の馬車が、引き抜いた鉱石木のツルを、荷台へ山盛りにして運んでいる。

(……それにしても旦那さま、足速すぎっ!)
 
 ディーナは除去屋の馬車から目を逸らし、カミルを見失わないように、また歩みを速めた。
 吸血鬼たる彼は、山中で枯れ葉の絨毯を踏んでも僅かな音すら立てず、木々の間を影のように移動できる。この雑踏の中でも、周囲の人間などいないようにスルスルと進む。
 人気のない山道では、黙って歩く彼のすぐ後ろへ、ディーナは難なくついていけたのに、街の雑踏へ入った瞬間に距離が開いていく。

 宿場通りは、特に多くの人が溢れていて歩きにくかった。
 元から賑やかな街だが、双頭鼠による陥没被害が街の付近でいくつか起きた為、その下から顔を出した地下遺跡を目当てに、多くの探索者が訪れているのだ。

(わ……っ、これじゃ見失っちゃうよ!)

 宿場街から市場や繁華街に向う者……つまり、ディーナ達と逆方向に進む人は多いし、道にはサンドイッチなどの軽食を売る屋台も出ているせいで、余計に視界が悪い。
 カミルは特に歩調を速めているようにも見えないが、雑踏の障害を全くものとしない者と、普通に難儀する者の差が、確実についているのだ。

 ディーナが精一杯に急いでも、カミルの背はどんどん遠ざかっていってしまう。
 おそらくは自分の変わらぬ速度に、ディーナが追いつけなくなっているのを気付かないのだろう。

「旦……うぷっ!」

 待ってください、と声をあげかけた途端、向かいから来た大柄な男の身体に突っ込んでしまった。


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