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ディーナの旦那さま
【ファンタジー 官能小説】

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再会-2


「おっと、大丈夫か。お嬢ちゃん」

 筋骨隆々の男は、どうやら遺跡の探索者らしい。
 遺跡を探って古代文明の産物で生計を立てる探索者は、腰にロープやフックなどの探索道具をつけているから、服装だけですぐにそれと解る。
 男はよろけたディーナを、ひょいと支えてくれた。見た目は少し怖そうだが、良い人のようだ。

「は、はい……ごめんなさい」

「おぅ、気をつけなよ」

 男は陽気に笑い、手を振って去っていく。ディーナも微笑んでペコリとお辞儀をしたが、振り返ってハッと青ざめた。
 カミルの姿が、どこにも見えないのだ。

「旦那さま……どこ……?」

 必死で目をこらし、キョロキョロと辺りを見渡しても見つからない。
 大勢の靴音や馬車の音、店の呼び込みや新聞売りの大声など、目まぐるしい雑踏に包まれ、知らない世界に一人で取り残された気がした。
 息苦しいほどの、心細さと不安がこみ上げてくる。

 ふと、近くの屋台で串焼き肉を頬張っていた青年が、うろたえている自分を見て、目を丸くしているのに気がついた。

(っ……小さな子どもじゃないんだから!)

 顔が赤くなり、内心で自分を叱咤する。
 どうしても見つからなかったら、肉屋さんや魔道具屋さんなど、カミルと昔馴染みの店にでも行って、行きそうな場所を尋ねるという手もある。
 ディーナは唇を引き結び、カミルの進んでいった方角へ歩き始めようとしたが……。

「お前……ディーナか?」

 すぐ傍の壁際で、ひび割れた皿を前に座り込んでいた物乞いらしき男が、唐突に立ち上がってディーナの腕を掴んだ。

「え……っ!?」

 男の無遠慮な行為に驚いたディーナだが、ボロ布をまとった男の顔をよく見て、さらに驚愕した。
 ひげも髪も伸び放題で頬もこけ、顔もいつから洗っていないのかと思うほど薄汚れていたが、見間違えようがない。

「あ……あ……」

 ディーナは声を震わせて呻く。
 目の前の相手をなんと呼べばいいのか戸惑った。、
 以前はこの男を……遠縁のディーナを引き取った農場主のバロッコ氏を『旦那さま』と呼んでいた。
 けれど、今のディーナにとって『旦那さま』はカミルだけだ。他の誰も、そう呼びたくない。

「まさか、生きているとはな。しかも随分と元気そうじゃないか、ええ? すっかり小奇麗な身なりをして見違えたぞ。声を聞かなきゃ気づかん所だった」

 青ざめているディーナを、バロッコはジロジロと眺めまわし、荒んだ顔をゾっとするような笑みに歪めた。
 声はガラガラとひび割れ、酒の匂いの混じった酷い口臭が漂ってくる。

(な、なんで……今さら……この人が、ここに……?)

 ディーナの背中や額に冷や汗が滝のように流れ、頭の中に恐怖と動揺が渦を巻く。

 一年ほど前に街の市場で、夫妻は自分を売った後で農場を一時期立て直したものの、怪しげな投資話に飛びついて全財産を騙し取られたと、噂に聞いていたのだ。
 夫妻は手持ちの資産を丸ごと失ったばかりか、あちこちから借金もして、その投資話に注ぎ込んでいたので、債権者から逃れるために姿をくらませてしまったらしい。

 バロッコ農場があった村は、この街から離れているものの、一時は大層羽振りの良かった農場主なだけに、市場はその話題でかなり賑わったものだ。
 市場では、そもそも破産寸前だったバロッコ夫妻が、農場を立て直す最初の資金をどこから手に入れてきたのかという疑問も話題に昇り、様々な予想が立っていたが、そこにディーナの名前は欠片も入っておらず、心底ホッとした。

 そもそも、農場がまだ上手くいっていた頃、あの村では有力者のバロッコ夫妻に逆ったり、機嫌を損なうような事を聞く人なんて一人もいなかった。
 だから、夫妻が引き取った少女を、誰でも行くはずの初等学校すら行かせずに働かせていても、何か言うものはおらず、少女の存在ごと目に入れないようにしていた。

 十ニ歳の秋に、一度も行ってないはずの学校から卒業証書が届き、自分はちゃんと学校に行っていたことにされていたのだと、初めて知った。
 同時に、自分の味方は誰もいないとも、改めて思い知った。

 潔癖そうな教師も、慈悲深そうな牧師も。みんな眼を瞑って見ないふりをしている。



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