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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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雨傘-1

 会社を出るとその温暖差にびっくりする。
 わたしたちが仕事をしている事業部はオフィスビルの五階にある。

 たくさんの社員を乗せたエレベーターを降りて守衛さんに挨拶をしながら自動ドアを出ると、辺りはもう真っ暗だ。

 今日は割と早めに仕事が片付いたので、友達の年上の彼がオーナーを務める洋服と雑貨のお店へ行こうと上着を着ながら決めた。

 パリやロンドンで買い付けてきたというアンティークのアクセサリーやワンピース、ポストカードを見るのはわたしのささやかな楽しみだ。
 友達もそこでアルバイトとして働いているので、行くたびにたっぷりおしゃべりもする。

 彼女たちのお店は、会社の最寄駅から三駅離れたところにある。
 電車に乗って、窓ガラスに映る自分の顔の向こうに流れるたくさんの光を見ながら夜中にきていたメールの内容について考えを巡らせた。

“忙しいのかな。それともやっぱりまだ怒ってるのかな。連絡、待ってるから”

 なんて幸せな男なのだろう。
 わたしはこの男のどこが好きで付き合っていたのかしら。もう忘れてしまったわ。

 怒っているかだって?
 馬鹿じゃないの。わたしは呆れているのよ。呆れて、言葉も出ないわ。

 それなのに。
 連絡を待っていると言われると気になるのはどうしてだろう。
 そんな自分に、また腹が立った。馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの。

 隣に立っている男子高校生のイヤホンから、シャカシャカと音楽が漏れて聞こえている。
 彼の履き潰された靴の踵から目が離せなくなった。
 その潰れた様が、あの日の自分のようだった。


「いらっしゃいませー。あ、いらっしゃい!」
「明奈、久しぶりー!」
「仕事のあとよね? 来てくれてありがとう。オーナー、今出ているの。ゆっくりしていってね」
「はぁい」

 彼女たちのお店は、パイナツプルとかいうふざけた名前のビルの一階にある。
 道路に面した壁が全面ガラス張りになっていて、お店が閉まっているときは分厚いゴブラン織りのカーテンが引かれている。
(シャッターは檻のようなデザインで、さらに古めかしい鎖と南京錠がかけられるのでまるでゲームの中の建物みたいだといつも思う)

 アンティークの本棚にたくさんのアクセサリーやアンティークレース、ティーカップやソーサー、シルバーのテーブルクロスウェイトやキャンドルホルダー、繊細なデザインのカトラリーセットに豪奢な手鏡、ポストカード──いろいろなものが置かれていた。

 道路から店内を見ると、レディース、メンズと左右に分かれて洋服が並び、それぞれ大きなレースクロスが敷かれた木のローテーブルが置いてあり、その上にたくさんの靴が並んでいる。
 上質そうな革の靴、今はもうなくなってしまったブランドのスニーカー、スタッズが厳しいピンヒールのパンプス、フラワーモチーフとビジューが華やかなバレエパンプス……。

 ローテーブルのそばには同じテイストの椅子が置かれ、ゴブラン織りの上質そうなクッションがまるで誰かに座られるのを心待ちにしているかのようにのせられている。
 このクッションは非売品だけど、よくお客さんに売ってもらえないかと言われるらしい。

 フロアの真ん中に三人掛けの大きな革張りのソファが背中合わせに置かれ──それぞれレディース側とメンズ側に向いている──革や帆布の鞄が並んでいる。

 ガラス張りの奥の真ん中に、まるで学校の教壇のようなデザインの机があり、そこに友達が高めの椅子に腰掛けて何やら書き物をしていた。


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