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耳にキス、キス、キス。
【女性向け 官能小説】

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雨傘-2

 道路から見て彼女の左隣にアンティークの本棚、右隣にスタッフルームへの扉がある。
 アイアンの棚にはストールやマフラー、手袋などの季節ものが、床に置かれた木のボックスにはケースに入ったたくさんのポスターが入れられていた。

 ピアノ曲が流れ、空調はいつも心地よい温度を保っている。
 この雰囲気、空気感を求めて集まる常連さんも多いらしい。

 店内へはガラス張りの左側、二階、三階へと続く細い階段の手前にある扉から入ることができる。
 階段のある方角から歩いて行くと入口がすぐにわかるが、逆方向から歩いてくると入口がどこにあるのかわかりにくい造りだ。

 わたしは店内をぐるりと見てまわり、アイアンの棚にかけられていた灰色がかった薄紫色の雨傘を手に取った。

「それね、オーナーの知り合いの画家さんがデザインした傘なの」

 明奈が書き物の手を止めて言った。

「広げてみてもいい?」
「もちろん」

 蝶々の飾りボタンをはずし、ふわりと傘を開いた。
 露先付近からのぼるように白い蔦と蝶々の絵が連なるように描かれている。

 のぼっていくうちにだんだんと数を減らす蝶々。
 シルエットのようなのに細部まで描きこまれた蝶々はまるでアンティークレースのよう。

 華奢な手元は木製。
 根元の部分に小さくTkと筆記体で彫られていた。

「ねぇ、この画家って──」
「この間、なんとかいうバンドのCDジャケットの絵も描いていたわよね、そういえば」
「やっぱり!」
「好きなの?」
「実はこの前CDショップでそのCDをジャケ買いしたの」
「あら。じゃあ運命ね」

 運命。わたしは手に持った雨傘に視線を戻して呟いた。
 運命。

「これ、買うわ」
「縁だものね。ありがとう」

 それからこのお花の片耳ピアスと指輪もと言って、わたしはアンティークのアクセサリーを持って彼女のところへ歩いて行った。
 木の床が軋む音がした。

 丁寧に包んでもらい、お金を払う。
 最近、一目惚れをして買い物をすることが多い気がした。

「ねえ、そういえばあの彼とはどうなの?」

 お釣り銭を手渡しながら明奈が言った。
 わたしは聞いてよーと情けない声を出した。

 フラれたの、わたし。しかも、あいつってば別れてすぐに、短大のときに一番仲が良かったわたしの友達と付き合い始めたのよ。
 酷いでしょ。まるで漫画みたいな成り行き。
 信じられないでしょ。わたし、それはもう泣きに泣いたわ──。

「そうだったの、そんな男だったのね、別れて正解だわ」
「でしょー。彼氏も友達も失うし、最悪だった。あーぁ、明奈はいいなあ。彼──オーナーさんと結婚するんでしょ?」
「お店がもう少し安定したらね。でもあんまりのんびりしてるとさらにおっさんになっちゃうから、程々のところで結婚しないとなぁとは思ってる」

 明奈がくすくすと笑う。
 大振りのピアスが揺れた。
 わたしも笑った。
 酷く泣いたあの日のことを、こんなふうに話せる自分に少し安心した。

「今は気になるひととかいないの?」
「気になるっていうかー……仲良くしてもらっているひとはいるんだけど、まだ出会ってそんなに経ってないからなぁ」
「そうなんだ、これからお互いのことを知っていくって感じかしら」
「そんな感じかなあ」

 ヒロキくんの笑顔が頭の中に広がる。天使のような、可愛らしくて柔らかい笑顔。
 今、きっと彼はCDショップにいる。
 あの笑顔に何人のお客さんが幸せな気持ちになるのだろう。

「いいじゃん。ダメ男のことは頭の中から追い出しちゃって、新しい縁を大切にしよう!」

 わたしたちは見つめあって、昔もこんなこと言ってたねーと笑いあった。
 お化粧を覚えて仕事をして、生活環境も付き合うひとも変わっていくけれど、昔の話を思い出すときのわたしたちはきっとお互い似た表情をしている。


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