5 変わり者の吸血鬼-3
ディーナを売りつけられた夜、ちょうど血を欲する時期だったものの、最初は断ろうと思った。
『この娘は自分たちの他に身よりもなく、たとえ死んでも憲兵に詮索されはしない』などと言われても、こんな胡散臭い連中と関わって妙な疑いをかけられるのは御免だ。
しかし、仮にも親戚を名乗る者たちに、自分の命を売られているというのに、じっと黙って文句一つも言わない娘の姿は、妙に勘に触った。
気まぐれに買い取ったのは、この娘とて自分の身が本気で危うくなれば恐れおののき、あの夫婦に強要されて逆らえなかったとか、泣いて許しを請うかと思ったのだ。
一度は身を売ると言っておきながら、寸前で撤回して泣きつく者がどれほど多いか、旅のさなかで世界の裏までたっぷり見てきたカミルはよく知っていた。
あの時、ディーナが泣いて命乞いでもしたら、吸血して犯すのは止めていた。
魅了の魔法を途中で解いて、麓にある馴染みの闇医者の所に連れて行くつもりだった。
あの医者なら煩い詮索をせずに、ディーナから血液を採取してくれるだろう。
注射器で少し採るくらいまで、文句は言わせない。
それに件の医者はちょうど、小間使いを一人雇いたいと言っていたところだった。
血液を採ったら、ディーナをそのまま医者に押し付けてしまえば、あとくされもなく万事解決。
闇医者と言うと物騒な人物にも聞こえるが、面倒見のいい蜘蛛女《アラクネ》だ。庇護するべき娘を平気で売り飛ばす親類より、よほど親切にしてくれるだろう。
強欲夫婦に渡した鉱石ビーズは、退屈しのぎに茶番劇を見た代金とでも考えればいい。
ところが予想に反し、一向にディーナは許しを請わなかった。
カミルと二人きりになり、夫妻の目を気にする必要がなくても。命を奪うかも知れないと脅してさえも。
暗く澱んだ瞳は、怯えを宿しつつも、早く自分を殺してくれとさえ懇願しているようだった。
あげくに、自分の純潔や命よりも、シーツが汚れるのをビクビク気にかけるときた。
……あの瞬間、腹の底から猛烈な怒りがこみ上げてきた。
どうしてディーナの態度に苛立ったのか、気づいたのだ。
黒い森を捨てた時の、あの痛烈な憤りがさまざまと頭に蘇り、声にすら出せない叫び声が体中に渦巻いた。
俺はチャンスをやったぞ! ほんの一言で良いから、助かりたいと言わないのか!?
まだ死にたくないとか、犯されるのは嫌だとか、何でも良かったのに!!
お前は、どれだけ自分を低い価値に見てるんだ!
自分が世界の全てから弾かれた、一番の不幸者だとでも言うのか!?
お前たち《人間》は生まれながらにして、俺たち《吸血鬼》の二倍の世界を、無条件で生きられる種族じゃないか!!
昼の陽射しも夜の闇も、お前を傷付けないのに!!
陽の光に脅えなくても良いことが、どんなに幸せかを知っているのか!?
魔法も使えないし、寿命も短いけれど、お前たちにも優れた部分があって……だから、俺は……お前たちを認めて、共存したいと思ったんだ!!
お前たちを襲い、無理やり吸血して陵辱するような真似は、二度としないと誓ったんだ!!
それなのに……お前は俺に殺されたいと願うんだな!!